論語読みの論語知らず【第76回】 「千乗の国を道(導)くには」

第46代アメリカ合衆国大統領にバイデン氏が就任した。便利な時代で、CNNもBBCも生放送でみられるので日本時間で20日の夜10時くらいからバイデン大統領が宣誓を行う21日の午前2時までなんとなくみていた。トランプ氏がバイデン氏の就任式を欠席して、ひと足先にホワイトハウスからマリーン1(大統領専用ヘリコプター)でアンドルーズ基地に降り立ち退任式を決行した。この式典に際してトランプ氏は礼砲を21発撃って迎えることを要求しその通りに実行された。なお、礼砲は受けるものによってその発射数が異なり、元首クラス(天皇、国王、大統領)21発、副大統領・首相クラス19発、閣僚や大使・大将クラス17発、・・・領事クラス7発と定まっている。礼砲のあとでトランプ氏は集められた支持者(画面上どのくらいいたのか分からない数百人程度だろうか?)を前に退任演説をしていた。大統領職を務められたことや家族や支持者への感謝を述べた後は、自らが業績として残したことを長々と述べ、最後に何らかの形で戻ってくると予告してエアフォース1(大統領専用機)でフロリダへ飛び立っていった。

なお、この時点ではトランプ氏はまだ大統領であり、その任期と権限を正式に終わる20日の正午(東部標準時)までは数時間残していた。従って大統領としてエアフォース1に乗りこみ、自らの邸宅のあるフロリダまで飛び立っていく。そのシーンをCNNが生中継しているのだが、エアフォース1が滑走路から翼を広げて離陸を始めると音楽がきこえてくる。何の曲だろう??と思って耳をすませば、フランクシナトラのマイウエイだ。 この曲の和訳歌詞を一部載せると、「さて、終わりが近い そう、最終幕に向かっている 友よ、はっきりしていることがある。確信しているわたしなりの考えなんだ。満足した人生を送ってきた。・・・私は自分なりの道を生きてきた」 CNNの編成スタッフが綿密に何度もタイミングを計ったのだろう。エアフォース1が機体に朝日を浴びながら飛び立ち、大空へ吸い込まれていく瞬間に、マイウエイの最後のフレーズを持ってきていた。おまけに、画面には「無秩序だった大統領の終焉」のテロップを入れて、音楽の後ろからはアンカーたちの失笑までが漏れ聞こえてきた。これがCNNなりの「敬意」を込めた見送り方なのだろう。機上の人となったトランプ氏の表情はもちろんまったくわからない。

このシーンをみていてとき、何故か私が好きなアメリカのドラマ、「ザ・ホワイトハウス」(The West Wing)の最終回のエンディングに思いを馳せた。アメリカ大統領としての任期を終えたジェット・バートレット(Jed Bartlet)は、エアフォース1の執務室の中で、故郷のニューハンプシャー州へ送られる最後の大統領フライトのさなかだった。近くには大統領としての任期中に公私ともに支えてくれたファーストレディーも座っていた。まもなく到着するとクルーから伝えられたバートレットは、それまで目を通していた書類をとじて立ち上がると、机におかれた箱のなかにラッピングされた包みがあるのを見つけた。あけてみると古ぼけた小さなキッチンペーパーの上にマジックで走り書きされた文字があり、それがご丁寧に額装されていた。バートレットはそれを感慨深くみつめるのだ。かつて、彼の親友であり首席補佐官をつとめたレオ・マクギャリーが、バートレットに大統領選に出ることを説得しにニューハンプシャーに赴いたときに、いきおいで書いて渡したものだった。そこには、「Bartlet for America」と書いてあった。これは後に選挙スローガンとしても使われることになった。今となっては、レオは心臓発作で既にこの世の人ではなく、バートレットはこの額装を婦人に歩み寄りながら手渡して横に座り窓の外を眺める。「何を考えているの?」と婦人が尋ねると、バートレットは小窓から注ぐ朝日を受けながら「明日さ」と答える。画面は徐々に日差しがまぶしく反射する海面へと降下しゆくエアフォース1を引きのアングルから撮り、ドラマのエンディングの音楽とともにドラマは終幕となった。
このドラマを見る限り、バートレット大統領は文字通り「Bartlet for America」として一生懸命に国のために働き尽くしたことだけは間違いない。ところで、これを「America for Bartlet」と真逆にするととんでもない意味になる。 さて、現実にもどる。トランプ氏が「Trump for America」なのか、「America for Trump」だったのかは歴史が評価することだろう。とにかくいまはバイデン氏が第46代アメリカ合衆国大統領になったのだ。ここで次の論語の一文を引きたい。


「子曰く、千乗の国を道(導)くには、事を敬して信、用を節して人を愛し、民を使うに時を以てす」(学而篇1―5)

【現代語訳】
老先生の教え。大国の政治を担当するには、次のようなことが必要だ。事務上のことは丁寧に扱って人民を欺くことなく、公の金品は節約を心がけて、人々の心や生活を豊かにし、人民に労役を提供させるときは、農閑期(農業の閑な冬など)にするよう心がける(加地伸行訳)

「千乗の国」とは、いくつか解釈があるが、一般的な意味は千台の兵車(戦車)を用意することができるとの意味合ありいわば大国をさす。この例でいえばアメリカはまさしく「千乗の国」だ。政策といった具体的なことになると総論各論でいろいろと意見は誰しもがある。それはあたりまえのことだ。ただ、バイデン大統領の就任式や演説を見聞きするかぎり、いまはとにかく物事を速やかに進めるとの決意が伝わってくる。2017年、かつてオバマ政権で副大統領を務めあげて退任する際に、オバマ大統領からサプライズで大統領自由勲章を授けられた。そのときにバイデン氏は次のようなコメントを残した。「歴史がこの政権(オバマ政権)について語るときがあれば、自分はほんの一部であったと書いてあればいい。素晴らしい男の旅路の一部であったと書いてあればいい」。今度は一部でなどいられない。この時期にアメリカ大統領に就任して全身全霊で取り組まなければならなくなったバイデン大統領。ただ、政策面云々はともかく大統領に求められる一つの要素である人品の公正さは伝わってくるように思うのだ。そして、先に引いた論語の一文をどこか彷彿させるものであるようにも私には感じたのだ。

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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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