論語読みの論語知らず【第87回】 「誰か能く出づるに戸に由らざらん」

トム・ハンクスが主演した2000年の映画「キャストアウェイ」。フェデックスにシステムエンジニアとして勤務していたチャック・ノーランドは、出張で乗った飛行機が大海原に落ちて無人島に流れ着く。そこで4年間にわたりどうにか一人でサバイバルして、最後には辛うじて脱出しアメリカの地を踏むことができる。故郷では4年間の「行方不明」の内に死亡扱いとされ棺と共に埋葬されており、恋人は既に他の男性と結婚していた。友人や同僚たちとも何を共有してよいかも分からない日々が続く。


チャックが無人島にいた頃、そこで生き抜くために墜落したフェデックスの飛行機から流れ着いた荷物をかたっぱしから開けて道具として使っていた。ただ、荷物の中に天使の羽がパッケージに描かれているものが一つだけあり、希望と共にそれだけは開けずにとっておいた。そして、脱出の際もその箱を持って無人島から去っている。帰国してしばらくするとチャックは自ら車を運転してその荷物の送り主が住むテキサスへとそれを届けに行くのだ。送り主は不在で天使の箱と一緒に「この荷物で僕は救われました。ありがとう。チャック・ノーランド」と走り書きのメモを残してその場を去る。


エンディングでチャックは四方に緑と地平線を見渡せる十字路に立っている。車を止めて地図を眺めていると、ある女性が運転する赤いピックアップトラックがやってきた。優しそうな雰囲気を持つその女性に迷ったのかと聞かれ目的地を尋ねれられる。それを考えていたとチャックは答えると、女性は四方にそれぞれ伸びる道がどこへと通じるのかをおしえてくれた。去りゆくそのトラックの荷台の後ろには天使の羽が描かれており、チャックは彼女が荷物の送り主だと知る。そして、彼は十字路の真ん中に立ち四方をゆっくりと眺めて、ついさっき彼女が去っていった方角を静かにみつめた。そこでエンディングソングが流れて来て映画は終わりとなる。


この映画でのトム・ハンクスの演技を称賛するものから、「史上最も長いフェデックスのためのCM」といったコメントをする人もいる。映画のことだからどのような意見をいうのも自由でありそれはそれでいい。私自身正直なことをいえばこの映画を20年前にはじめて映画館でみたとき途中で眠くなった。ただ、久しぶりに改めてみるとエンディングの余韻が妙に心に残った。主人公のチャックはある日突然、文明人であることを辞めさせられ、無人島で野蛮人同様の生活を迫られた。そこでは他の人間との絆も断たれ、ただ毎日を生存するためだけに行動する生活であり一歩間違えば動物のそれだ。それでも恋人を想い、そして未開封の荷物をキープすることにどこか人間としての尊厳をギリギリ維持し続けて絶望は免れた。


いざ戻ることを強く願っていた人間社会にカムバックしてみると、チャックは自らの居場所を求めてもどこかしっくりこない。周りは優しくはしてくれ、何も負担を課さないのだが、同時にチャックは一切の責務や責任から解放された自由な状態になってしまった。無人島では息をし続けてサバイバルすることを自分のミッションにできたが、文明社会では当たり前に生存できる中で何もすることがない自由に戸惑うのだ。


映画のエンディングで十字路に立つチャックにはどの道をも選択できる自由があった。ただ、それは一切の縛りがない自由なのだ。人間はそうした自由を時に理想とするが、実のところそれに堪え切れるものでもない。赤いピックアップトラックが来なければこの十字路に立つシーンの印象は随分と変わってしまう。そうなると、孤独な中年男性の哀愁漂う妙に悲劇的なエンディングとなるだけだ。144分にわたってこの映画をみて最後がそれならば正直ゲンナリとしただろう。実際の映画は温かみのある余韻を残して想像する自由を担保してくれた。世の中にある自由の限界と価値を知らせてくれ、そこへとコミットしていく意味を仄めかす映画だったのだ。私の場合は20年の漂流を経てそんな感想を持っている。


「子曰く、誰か能く出づるに戸に由らざらん。何ぞ斯の道に由る莫きや」(蕹也篇6-17)


【現代語訳】

老先生の教え。外に出るとき、門戸を経ない者があるだろうか。(同じく世に出るとき)どうして(人の道)を踏まないで(歩み出すことが)ありえようか(加地伸行訳)


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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