論語読みの論語知らず【第89回】 「勇にして礼無ければ 則ち乱す」

緊急事態宣言が発せられていることを鑑みれば、現在は平時か有事かと問われたら有事となる。断続的な宣言とそれなりの制限下にある状態が年単位で続き、社会全体がストレスをため込んでいる。新型コロナウイルスへの政策や対策を批判する声は街角やネット上など至るところにあふれている。これについてはどうこういうつもりはない。ただ、そうした批判コメントのなかに「政府の政策に整合性や一貫性がない」といったものがあった。言いたいことはわかるのだが、有事に論理的な整合性や一貫性を求めるのは無理筋なのだ。


仮に、新型コロナウイルスを「敵」とし、我々を「味方」として考えてみると、二者の間に起きる「戦争」には相互作用が働く。当初「敵」のことがよくわかっていない状態からスタートし戦いを強いられているので、それに対する作戦戦略は手探りとなる。そして、味方が立案した作戦戦略通りには敵は動いてくれないし、敵もまた学習して「攻撃」やアプローチを変えてくる。そうなると味方の作戦も都度新たな変更を迫られるが、外野からみているとそれが場当たり的に見えるのは常なのだ。ただ、「政策に整合性や一貫性がない」との批判の真の矛先は、突き詰めていくと政府が本当に全力で真摯に対策に取り組んでいるのかといった疑義が起きていることに原因があるのだろう。したがって、有事ほど政府は国民に対して巧なコミュニケーションと発信力が必要とされるものだし、それはトップから実務担当レベルまでいろいろな段階やアプローチがあるはずだが、この国の歴史を鑑みるとこの点はあまり巧ではない。


さて、人間は自然と秩序を求めるものだし、普段の生活のなかで個人差はあるにせよ論理的な整合性や一貫性と共に社会生活をしている。同じ問題を前にYes、Noをコロコロ変えられるとビジネスや人間関係も難しくなるし、こうしたストレスに人の感情はさほど強くもない。コロナ禍で社会生活が頻繁に変容を求められており、昨日までのYesが突如としてNoに変わる。そしてたいていの場合は論理的に納得できる理由は間に合わないのが現実であって、次々と目前において慣れ親しんだ生活から一貫性や秩序が失われていくのを体感するのだ。


こうしたことは個人差があるにせよそれ相当のストレスがかかる。この状態で個人レベルが社会生活を淡々と過ごしてくための知恵の一つは、他のところでバランスをとるのが良いだろう。もっとも、憂さ晴らしとばかりに野外で大いに酒盛りをするといったことではなくて、論理的な整合性や一貫性、秩序が社会から失われた分を、日常の身の回りにおいてそれをあえて増やすといった発想である。簡単にいえば、より丁寧な生活を心がけ、あえて手間暇を増やすといったことだ。たとえば、男性であれば髭をより丁寧に時間をかけて剃る、靴をより丁寧に磨く、食事を行儀作法よく食べる、ベットメーキングを施す、といった小さなものである。普段は多忙と非効率を理由についテキトーになりがちなところに、あえて手順や結節を増やすことで秩序と一貫性を体感できる機会を増やすのだ。論理的に納得せぬままに失われた秩序の穴埋めであるから、なぜこのようなことをしなければならないのかを一々論理的に自分を納得させる必要もない。ときに我々は理屈を知りたがり過ぎるが、「古来そういうものなのだ」と思うくらいで丁度よい。秩序が失われストレスが増加しつつある社会において、もっとも身近な自分の肉体に淡々と新たな礼儀という秩序を課していくのは、自らの感情的鬱屈などもクールダウンさせる作用があり、それは他者への態度に自然と反映されるだろう。ストレスが溜まった他者の鬱憤の直撃弾を巧くかわすには、まずは己に何を施すかが起点となる。そして、その延長線上には極めて僅かとはいえ社会のストレスは減じることにはなるだろう。


「子曰く、恭にして礼無ければ、則ち労す。慎にして礼無ければ、則ち葸(し)す。勇にして礼無ければ、則ち乱す。直にして礼無ければ、則ち絞(こう)す。君子 親に篤ければ、則ち民 仁に興る。故旧遺(わす)れざれば、則ち民偸(うす)からず」(泰伯篇8-2)


【現代語訳】 
老先生の教え。長上に対して手厚くあっても(それを表わす)礼法を知らなければ、(ただやみくもに丁寧なだけであって)疲れてしまう。慎み深いのはいいが礼法を知らなければ、(ただ控えめにするばかりで)恐れおののくだけとなってしまう。勇気があっても礼法を知らなければ、(ただ実力行使あるのみであって)社会の秩序を乱すこととなる。まっすぐなのはいいが礼法を知らなければ、(ただの自己主張に終わり)融通がきかないことになる。教養人たる者、血縁者を大切にすれば、民は(それを見習い)人の道に生きようとするのだ。また、昔からの知人をいつまでも忘れないとき、民は(それを見習い)人情が薄くならなくなる(加地伸行訳)


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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