「孫子」第14回 第3章 「戦力論」(2)

静的戦力とは単純な軍事力やハードだけを指し示すのではなく、その定義の範疇は現代の国力の概念に近いところまで拡張されているのが「孫子」の特徴である。本文のなかで静的戦力の構成要素について言及するのは計篇の冒頭にある「五事」の部分である。


「兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざる可からざるなり。故に、之れを経るに五を以てし、これを校ぶるに計を以てし、以て其の情を索(もと)む」(計篇)
(訳:軍事は国家の重要な機能である。軍事が発動される戦争は、国民の死活のきまるところ、国家の存亡のわかれ道である。よくよく慎重に考えなければならない。この軍事を構成する要素は「五」であり、その状態を計測するには「計」をもってする)


この「五」の要素とは、本文の引用は省略するが「道・天・地・将・法」といったキーワードで示される。「道」は政治的指導者である君主と国民の関係を問い、両者が共有する部分が多いほどに「道」が確立されているとし、たとえ死生が問われる状態になっても共にあることが可能だとする。要するに、君主が平素からどのような態度で政治を行っているのか次第によって、国民の国に対する帰属意識にも差異が生じるという。君主が率先垂範して国内に道義・公平を浸透させることで、有事の際の団結を期待し得るといった考えである。いうなれば、有事に国民の力を借りたければ、普段から求心力を得られる政治であるように心がけなさいという手段としての「道」でもある。


「天」には、陰陽、寒暑、時のめぐりといった表現が出てくるが、これは天候、気象、時間的な条件のことであり、これらの要素に無理に逆らわず、素直に順ずることによって静的戦力を整備強化させられるという。「地」は、高低、広狭、遠近、険易、死生などの空間的条件であり、これも「天」と同様に順用と逆用を理解しなければならない。これら「天」「地」とは、いうなれば自然地理的条件であり、国土内の自然地理的条件は今も昔も変わらずにその国力に対して大きく影響を及ぼす。領土の規模、気候の特質、資源の有無など、国によってそれぞれ差異や優劣があり、これらが国家間の紛争の原因ともなる。国はそれぞれ優る条件を活かし、劣る条件も巧みに工夫することで国力へと変換していくことを説いている。また、「孫子」のいう時の巡りとは時節であり、人間のように国家にも寿命があって成長、繁栄、老化、死滅などの段階があり、自国がどの段階にあるのかを弁えるべきだと示唆する。たとえば、自国が老化の時節を迎えているなかで、繁栄を迎えている他国に戦争を挑むのは無謀でもあり、こうした場合は時節到来を待つといった決断も時に必要だとの帰結になる。


「将」とは軍事指導者、軍隊指揮官を指す。政治的指導者たる君主が軍事の軍隊指揮官を兼ねるならば、将はそれを補佐して具体的なマネジメントを行う役割となる。政治的指導者が軍隊指揮官を兼務し直接前線に赴くパターン、後方にいて将軍などの軍事指導者、軍隊指揮官を戦場に赴かせてその指揮を任せるパターンがあるが、「孫子」における将は、君主が軍隊の最高指揮権を有する下での指揮者、管理者などを意味する。この「将」が備えなければいけない資質として「智・信・仁・勇・厳」を本文で挙げており、これは古来「将の五徳」と呼ばれその普遍性は今もなお通用する。


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(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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