「孫子」第22回 第5章 「戦術論」(1)

第1節 概 説


前章までにおいて、政治目的を達成するための方法や手段に関連して戦略論を論じてきたが、本章では、武力戦、戦闘自体が持つ行動目的を達成するための方法や手段に軸を置いて戦術論を考えていく。「孫子」が説く戦術の特性には、「先知」「廟算」「軍争」「致人而不致於人」「斉勇若一」の5つが挙げられる。これよりその5つについて順次論じていきたい。



第2節 先知 ― 正確な未来予測

「先知」については本書(本要約)の「はじめに」の部分で少し触れたが、これは未来を予測することを意味する。「孫子」はこの正確性が勝利への第一条件として位置づけている。これまで何度も言及してきた「不戦屈敵」を具体的に実行していくためにも、状況を俯瞰し「先知」を確保することは重要であるが、「用戦」に向けても「先知」はまた同様である。この場合、何を具体的に「先知」するべきかについて「孫子」は次のようにいう。


「彼れを知りて、己を知れば、勝ちは乃ち殆うからず。天を知りて、地を知れば、勝ちは乃ち全うすべし」(地形篇)
(訳:敵情を知って味方の状態をも知れば、百戦しても危険はない。その上、時間的条件を知って空間的条件をも知れば、勝利は確実なものとなる)

「諸侯の謀を知らざる者は、予め交わること能わず」(軍争篇及び九地篇)
(訳:外国の君主の計謀の実態を知らない者は、事前に交わりを深めることはできない)


これらの2つの文から、自国と敵国、味方と敵に加えて、戦争に干渉してくる可能性や利害が深い関係国、時間的、空間的条件などの5種類について広く「先知」するべきものとして提起する。さらに敵については具体的に次のように言及する。


「凡そ、軍の撃たんと欲する所、城の攻めんと欲する所、人の殺さんと欲する所、必ず、先ず其の守将・左右・謁者・門者・舎人の姓名を知り、吾が間をして必ず索めて之れを知らしむ」(用間篇)
(訳:およそ、撃とうとする敵軍、攻めようとする敵城、殺そうとする敵の人物などについて、必ずまずその官職を守る将軍・その近臣・側用人・門番・殿中取締り役人等の氏名を知り、味方の間者に、必ず更にそれらの人物の詳しい実態を調査させる)

「兵を為すの事は、敵の意を順詳するに在り」(九地篇)
(訳:戦争するためには、敵の意中を十分に把握することが必要である)


このように敵のなかでも主たるターゲットになる人物やその周辺情報を徹底的に収集分析し、それによって、敵の企図の背景について推定するべきだとする。敵に対して情報収集を行い「先知」に至るには、敵の企図に加え、敵が採用することのできる複数の可能行動(可能性)を対象として含めなければならない。孫武はインテジェンスの見地から敵の情勢といったものを形成する要素について、これまでに触れた「五事」「勢」「詭道」を挙げている。この「五事」のなかで「法」(組織体制や軍法などの法制度とそれらの管理運用の在り方)が、可能行動の選択肢を支えるハードの戦力だとすれば、政治指導者・軍事的指導者たる君主、将軍の企図や能力がソフトの戦力として考えられる。「法」といったハードについては平時から周到で綿密な情報活動を行えばある程度解明し得るが、このソフトについては文章や数値として公開されているわけではなく、その収集分析には相当の労力が要求される。


「孫子」はこの情報収集について1篇を割き「用間篇」のなかで論じている。そこでは、ソフトについての情報収集の方法としてスパイの運用について具体的に論じており、国の中でも極めて優れた人材を敵の政治指導者・軍事的指導者などの近くに送り込むヒューミント情報を推奨する。これによって、公開されている情報では知り得ない敵首脳部の企図や能力を知ることに努め、同時に必要があれば、敵首脳部の意志へと積極的に諜報工作を仕掛け、その認知操作を行うことも想定している。これが可能となれば味方は未来を作り出すことに成功したことになり、その分だけ未来予測が確実になるといった「先知」の理屈となる。


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(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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