温故知新~今も昔も変わりなく~【第117回】 小谷賢『日本インテリジェンス史~旧日本軍から公安、内調、NSCまで』(中公新書,2022年)

・「墨家」の言葉とインテリジェンスの世界

「墨守」するという言葉の源流となった墨子の思想に「故に曰く、神に治むる者は、衆人其の功を知らず。明に争う者は、衆人之れを知ると」というものがある。現代語にすると、「そこで昔から、物事を神妙の中に成し遂げた者は、人びとにその功績を知られることがなく、目に見える場で派手に成功を争った者は、人びとにその功績をほめ讃えられる、と語り伝えられているのである」(「墨子」浅野裕一・講談社学術文庫)という感じになる。

インテリジェンスの領域に携わる者たちの生き方は、前者であることが求められ、後者のような生き方を求めるなら、この領域に足を踏み入れないか、一定の距離をとっていた方が身のためには賢明だろう。インテリジェンスの領域が実際に何をしているのか、核心に近い人ほどをめったに語らないだろうし、もっともらしく語る人が、この領域に携わっていたとしても、その深層にまで至っているとは限らない。さらにいえば、なんとも怪しい人たちがこの領域を色々と好き勝手に語ることもよくあるようだ。


・惑わされないための教養としての一冊

こうしたものに惑わされないためには、結局のところまっとうな教養や常識を持つことが大切であり、インテリジェンスについては真偽がよく分からないようなピースやパーツを知るよりも、この領域の通史や組織構造などを俯瞰しておくのが良いと思っている。そうしたことを教えてくれる良き一冊に、『日本インテリジェンス史~旧日本軍から公安、内調、NSCまで』(小谷賢・中公新書)を挙げたい。


著者の小谷賢氏は、日本大学危機管理学部で教授として勤務し、インテリジェンスを中心に研究され、これまでに著作を多数出版されている。

「本書は戦後日本のインテリジェンス・コミュニティ(情報を扱う行政組織や機関を包括する総称)の変遷を、終戦直後から現在まで辿って考察していくものである。インテリジェンスとは情報のことを意味するが、どちらかというと機密や諜報の語感に近い。つまりただの情報(インフォメーション)ではなく、分析・評価された、国家の政策決定や危機管理のための情報こそがインテリジェンスということになる」(まえがき)


この書き出しで始まる本書で、著者は通史を展開していくなかで二つの問いを軸にしているという。一つは戦後の日本では、なぜインテリジェンス・コミュニティが他国並みに拡大しなかったか。もう一つは戦前にもあった組織の縦割りによる情報運用がどのように推移したのか。序章と終章を除き、全5章で構成され、最初の3章が戦後から冷戦期のインテリジェンス・コミュニティの推移を扱い、第4,5章が冷戦後から現代までの系譜を扱っている。


・第1章「占領期の組織再建」

第1章「占領期の組織再建」では、戦争に敗北して軍隊や内務省が解散され、警察も制度的に弱体化しているなか、共産主義勢力への監視を理由に辛うじてインテリジェンス機能が日本に担保された経過を述べる。GHQ支配下において、旧軍軍人たちが情報機関を設立させようと策動するなか、服部卓四郎、河辺虎四郎、有吉清三などの軍事史のなかでも「有名人」たちが登場してくる。結局のところ彼らには能力も組織力も伴わず、軍隊に代わって警察が「公安」セクションを比較的小さな規模で発足させて、「外事」警察などを徐々に復活させ、別枠で公安調査庁などが誕生した経緯を端的に記している。警察がインテリジェンス・コミュニティを担うといった自負を象徴する言葉として、56年、警察官僚であった丸山昻の「対外諜報活動は、警察機能であって、法執行機関によって運営されなければならないものであるとするならば、現在の日本の対諜報機関は、外事警察組織とするのが適当であるし、またそうすべきものであると思われる」といった言論を引いている(なお、丸山昻は、戦前の高等文官試験に合格し、海軍少尉として軍艦に乗って実戦を経験し、戦後のあさま山荘事件では、警察庁から長野県警に派遣された幕僚団の責任者(長野県警トップと同格の警視監)を務めた)。


・第2章「中央情報機構の創設」

第2章「中央情報機構の創設」では、後の内閣情報調査室に繋がる「調査室」が内閣総理大臣官房に設置されていく部分を軸にインテリジェンス史を編んでいる。内務省の系譜に連なる警察官僚が公安インテリジェンスを担当し、外務官僚が外交インテリジェンスを担当するという区分が一応の体裁をみせるなかで、政治的指導者に直接に繋がる情報機関の設置が模索されていく。ここでの登場人物は、吉田茂(総理)、緒方竹虎(官房長官)、村井順(国家地方警察本部警備課長)などであり、三人のトライアングルで中央情報機関設置へと突破していこうとする流れを書き出している。ただ、こうした機関に対する戦後の厳しい世論、省庁同士の権限争いや綱引きで、結局のところ予算や権限が極めて限定された形で「調査室」が設置された。著者はこのことを次のようにまとめている。

「中央情報機構設置の頓挫は、その後の日本のインテリジェンス・コミュニティに影を落とすことになった。戦前は強力な権限を有した軍部が中核となって日本のインテリジェンスを牽引していたが、戦後はこのような中核となる組織を欠いたままの船出となったのである」
(第2章)


・第3章「冷戦期の攻防」

第3章「冷戦期の攻防」では、日本に防衛力が再建され、自衛隊が誕生していくなかで、その中に情報活動を担うセクションが設置される経緯と、その運用の実態を中心に展開されている。後半では、再び内閣調査室が登場し、中曽根内閣のときに「内閣情報調査室」へと改められ、同時に政治が省庁間に跨るインテリジェンス・コミュニティを取りまとめる努力として、内閣官房に「合同情報会議」が発足した部分に触れている。ただ、この会議もまた、情報が総理に直接上がることを想定しておらず、情報共有目的が曖昧のまま次第に形骸化していったという。なお、本章では、自衛隊、とりわけ「陸上自衛隊幕僚監部第二部」「別室」の情報活動を軸にさらい、同時にこの組織がどのような側面を持っていたかを書き出している。

「そもそも陸上自衛隊の組織にもかかわらず陸海空の自衛官が勤務していた上、初代の室長は前北海道警察本部警備部長、つまり警察官僚・・が勤めており、その後も警察官僚で代々占められていた。室長は内閣調査官も兼務しており、別室の予算も陸幕とは別枠だったため、「陸上幕僚監部」に属すものの、実態は陸幕よりもむしろ内調と密接な関わり合いを持つ組織であった」(第3章)

他にも、ソ連スパイ事件、ベレンコ亡命事件など諜報に関わる具体的な事件にも言及しながらも、スパイ防止法を制定しようとする政治の動きに触れ、それが世論を前に頓挫していく流れを端的にまとめている。本章の最後で著者は、冷戦期における日本のインテリジェンスの問題の根底は、冷戦構造と日米安保のもとで日本が独自の外交・安全保障政策を実施していくニーズがなく、それよって日本のインテリジェンスは米国の下請けとしての役割を担っていたことにあるとしている。


・第4章「冷戦後のコミュティの再編」

第4章「冷戦後のコミュティの再編」では、冷戦の終焉とともに事情が変化し、湾岸戦争、北朝鮮の脅威、地下鉄サリン事件、阪神・淡路大震災などを前に、危機管理を含むインテリジェンスの強化が追求され、それがインテリジェンス体制の改革へと波及し、防衛庁情報本部、内閣衛星情報センターなどの創設へと繋がっていく経過を軸に展開している。各省庁が独立性を強くして行っていた情報活動の成果を再度、政治が主導となり、政治へと集約していくための方々の動きについても言及する。その過程で関係者のなかで積極的・消極的へと割れる反応、縄張り争いや摩擦を孕みながら徐々に前進していく経過を書き出している。

本章では多くの登場人物がいるが、著者が、政治家町村信孝をインテリジェンスの「庇護者」という表現をし、その言動を抽出している場面が印象深い。

「後藤田が政治家を引退して以降、日本のインテリジェンス改革に政治的推進力を与えたのは自民党の町村信孝であった。町村は2006年10月に自民党最大派閥である清和政策研究会の領袖となり、同党政務調査会にインテリジェンス調査会を設置して、日本の情報機能強化改革に取り組んだのである。町村はあるインタビューで、「戦後、日本はこういったインテリジェンスと呼ばれる諜報関係の仕事をアンタッチャブルの世界にしてしまった。(中略)米英と比べて日本は「大人と子供」ほどの差があるが、だからといって、子供が子供のままでいい、というわけでもない」と語っている」(第4章)

なお、本章の最後は、町村信孝がインテリジェンス改革に着手し、それが後に総理となった安倍晋三へと引き継がれて、日本のインテリジェンス・コミュニティの改革が前進したと結んでいる。


・第5章「第二次安倍政権時代の改革」

第5章「第二次安倍政権時代の改革」では、文字通り安倍政権下で行われたインテリジェンス分野の数々の改革について触れている。本章では、特定秘密保護法の制定と運用の在り方や、国際テロ情報取集ユニット(CTU-J)設置を巡る経過などにも言及しているが、特には内閣官房にNSC(国家安全保障会議)とその事務局機能を担うNSS(国家安全保障局)の設置とそれらの役割などを中心に展開している。

「インテリジェンス・コミュニティにとって、NSCとNSSの設置は、内閣官房において新たな情報の顧客が誕生したことを意味する。それまで各省庁の情報部門は、内調が主催する合同情報会議に情報を提出し、そこから内閣情報官が総理に報告する、という流れだった。しかしNSSは政策策定のために日々、情報を必要とするため、インテリジェンス・コミュティからすれば、官邸に加え、NSSにも情報を上げる必要が生じたのである」(第5章)

内調が各省庁からの情報を集約分析し、それをNSC/NSSへと提供する。NSC/NSSは政策ペーパーをつくるために、各省庁へと情報要求を行う。こうした構造のなかで、両者が政策と情報の連携を意識しながら、どのように協力調整されているかについて言及がなされている。著者は、NSC/NSSの設置は、インテリジェンス・コミュニティの統合力を強化させることになったと評価している。


・「終章」インテリジェンス強化と国民への説明責任

「終章」は、これらの章を踏まえて、日本のインテリジェンス史を俯瞰し、日本のインテジェンス・コミュニティは、全体としては諸外国の水準に近づいたとの評価を著者は行っている。もっともそれで筆を置いているわけではなく、今後の課題として、公開情報、サイバー対策、偽情報、経済安全保障、ファイブアイズなどのキーワードを出しつつ論じ、最後に国民への説明責任の在り方についてきちんと担保する必要に言及して本書を書き終えている。

「そして最後に、インテリジェンスの機能をさらに強化するのであれば、国民への説明責任を考慮していく必要があると指摘しておきたい。インテリジェンスの強化だけでは、それが適切に運用されているのか、国民が監視対象となっていないか、といった点について、コミュニティの透明性の確保や説明責任が重要になってくる」(終章)


・信じたい価値と厳しい現実の橋渡し

さて、本書を一読しての感想は、戦後から現代まで、日本のインテリジェンスがどのような歩みを経てきたのかを確かに俯瞰させてくれるし、その意味では良書だと思う。扱う問題の性質上、制度や組織の変遷を軸とした通史になってしまい、日本のインテリジェンス・コミュニティのクオリティがどのくらいの精度であるかまでは本書ではわからない。ただ、これは冒頭の墨子の言葉「故に曰く、神に治むる者は、衆人其の功を知らず。明に争う者は、衆人之れを知ると」を引用したように、インテリジェンスが後者よりも前者に近い領域だとすれば、仕方のないことだろう。それでも一つ言えるのは、現代、日本のインテリジェンス・コミュニティの組織的な在り方は、戦前、陸海軍や省庁間がバラバラで、インテリジェンスを常に出し惜しみしていた組織文化の呪縛からは脱却し始めたとは思うのだ。信じたい価値観と厳しい現実の間の良き橋渡しとなる良質なインテリジェンスが生み出されていることを切に願いたい。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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