温故知新~今も昔も変わりなく~【第118回】 山本七平『日本人の人生観』(講談社学術文庫,1978年)

・山本七平と小室直樹の互いの評価

これまでこの「読書録」で山本七平の作品は幾度か紹介した。山本七平の盟友であった小室直樹の作品も一度取り上げている。両者が互いのことを評している文があるが、これがユニークな代物で、山本は小室が著した「ソビエト帝国の崩壊」(光文社、1981年)の裏表紙に著者紹介を寄稿している。


「・・現実の小室さんは、おそらく正しい意味の“永遠の学生”なのだ。「本当に学問の好きな学者は、酒が入ると学問の話しかしなくなるが、そうでないやつは、人事の不満などをぐだぐだ言いだすからなあー。」かつて小室さんはそう言った。私はちょっと笑いそうになった。酒が入ると学問の話しかしなくなるのが、まさに小室さんなのである。飲むほどに酔うほどに議論は精緻になり、かつ熟し、とどまるところを知らず、延々十八時間ぐらいになり・・・こちらは体がもたない・・・本当に学問が好きで好きでたまらない人、それが小室さんである」(同書裏表紙より)


一方、小室は「論理の方法」(東洋経済新報社、2003年)のなかで丸山真男について話しているときに、唐突に山本のことへと展開し、そのまま被せるようにして評している。


「・・・(丸山真男は)物事の本質を見抜く能力が凄い。その意味で山本七平氏もよく似ている。山本氏もそれこそ典型的な浅学非才の人。キリスト教の大家なんて言うのは嘘です。専門家と称する人が『聖書』の読み方が間違っているなどと言うのだが、あの人の偉いのはそんなところにあるのではない。ほんの僅かな知識で本質をずばりと見抜く。だから、日本史なんて少ししかやらないにもかかわらず、崎門の学、山崎闇斎の学こそ明治維新の原動力になったということをはっきり知っている・・・」(「論理の方法」第5章より)


両者は深く敬意を払いながら、小室は「学問が好きでたまらない人」、山本は「本質はずばりと見抜くが浅学菲才な人」と互いを評する。小室は、文献や細部にしっかりと向き合い、そこから社会科学的に因果関係をしっかりと掴み、整理して抽象化していくスタイル。他方、山本はインスピレーション的にある程度あたりをつけておいて(本質をつかんでおいて)、そこから文献にミニマムであたり持論を補強していくようなスタイル。両者のアプローチや思考過程は異なるから、その議論のかみ合わせがいつもスムースにいったわけではないだろうが、それでも互いに知力の限りを尽くして議論ができたこと自体はとても幸せなことであっただろう。

・山本七平の「日本人の人生観」

山本は、クリスチャンの両親の下に生まれ10代半ばで洗礼を受け、聖書の教養を軸に持ちながら日本軍将校として大東亜戦争に参戦している。戦後、山本書店を創立して評論家となり、聖書や中国古典などについて多くの作品を著している。そのなかに「日本人の人生観」(講談社学術文庫)というわりと薄めの文庫がある。これは山本が50歳くらいのときに、NHKから依頼されて一般向けの講演で話した内容を収録したもので、人(日本人)が生きていくなかでどのような考え方を持つべきなのか平易な言葉で語っている。


「私は、ちょうど二十五歳のときが終戦でありまして、人前の前半は戦前で、後半が大体戦後であります。・・五十年という年齢は、多くの人にとって、ある面では自己の生涯に結論が出ているか、少なくとも、過去に定められた自分の道を、残る生涯つづけて行くことを、決定づけられた年だと思います」(日本人の人生観)


このようなイントロからはじまり、山本は社会というものが、ときに簡単に変わってしまうようで、他方でまったく変わらない部分もあり、この変わらない部分が生き方を決める上で大切な基準になってくるといった提題をしている。聖書の言葉、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」を引用し、生きるための基準とは何かを思索するなかで、結局は言葉を使用して探り当てることになり、日本人ならば伝統的な日本語的発想の枠内で考え生きているという。そして、この言葉というものに、記憶や憶えるという作業を繋げ、人間の思考の範囲というのは記憶の量のそれに限られてくるものだとする。この理屈から実は棒暗記、丸暗記も全面的に否定されるものではなく、どれほどの天才であっても諸概念がきちんと頭のなかになければ、新しい発想などは出てこないと述べる。


「ここで当然に何を暗記さすかという問題になります。そしておそらくこの決定がその人の生涯だけでなく、その民族の将来にも決定的な影響を及ぼすのではないかと思います。昔の日本ではこれが『四書五経』、キリスト教徒なら『新約聖書』、ユダヤ教徒ですと今も『五書』(トーラー)でしょう。そしてここで共通している面白い点は、意味を理解しなくてもそれを問題にせずに、まず棒暗記させてしまうという点です。子供に『子ノタマハク・・・』と暗記させても、子供にその意味がわかるわけではありません・・・」(同)


山本はこうしたやり方が一見不合理と思われても、大人になったときに徐々にその意味するところを理解できるようになれば、その価値は大きいとする。それは、大人になって出会う何か新しい概念を、解説書などを丹念に読み込むことでどうにか理解しても、すぐに忘れてしまうといったことがよくある。このことに比べて、子供の頃に暗記してしまい、その内容が脳内から消えることなく、かつその内容を理解できれば、文字通り「その人のものとなった」と言えるのではないかという。

・「ごく自然に」の文化とトサフィストの文化

日本人の人生観と銘打ったこの講演は、中盤以降、徐々に日本人の歴史観という部分へと進んでいく。山本は日本でよく使われる「ごく自然にそうなった」というような言葉の使い方を取り上げ、それが油断すると「ごく自然に自然の秩序に従って」物事を決めていくという流れが重んじられる。それがときに外来の思想的体系でもって、組織や体制を抜本的に刷新するのを難しくさせるという。そして、明治維新や大東亜戦争後の日本を見つめても、変わったように見えて、実のところ変わっていない部分があることに言及していく。この「自然に」という考え方に、良い部分と悪い部分がある。前者は、徳川時代から現代まで結局のところ「体系的イデオロギー」を受け付けなかった(統治の手段として部分的に用いても、信仰の対象ではなかった)ので、環境の変化に都度柔軟に対応して生きてこられた部分だとする。後者は、自らの意志で未来を積極的に変えていくということになりにくい部分だと述べている。


「・・自然という概念ですが、これには歴史という発想がどんなにしましても入ってこないんです。自然とは「このままある」「自ずから然るべき状態にある」という状態ですから、歴史という概念をこの自然という発想の中に入れることができない・・・「いや、そんなことはない、われわれだって過去・現在・未来を見ている」と言われる方があると思います・・・われわれは過去を見ているようでありましてじつはすべてこれを現在の基準におき直して見ているわけです・・・まあ、象徴的なことを申しますと、終戦前後に小学生あるいは中学生であった方はお覚えと思いますが、終戦の年の二学期になると教科書を墨で塗った。いわば「現在」に不都合なことは墨で抹殺をしたわけです。この抹殺をするということは、わからなくなるということですが、本当をいいますと歴史というものはそれを絶対してはならないのでありまして・・・」(同)


山本はこの墨で塗って消すという行為が、環境の変化に適応する生き方ともいえるだろうし、これによって「思想の衣替え」も可能ではあるとする。他方、過去を消したことで、いつしかそれがわからなくなり、今度はわからなくなった過去に縛られるようになるリスクを指摘している。ここで、それとは対照的にトサフィストなるユダヤ教徒が使う言葉を紹介している。それは、古代から写本の欄外に数々の注記を書き込み、それが継承され一定量になると編集されて新たな本となる。そして、その新たな本にまた注記を書き込んでいき、記録が積み重ねられ、更に新たな本となっていくことで、歴史が編まれてきたことを説明している。


「文化の中心の、基本的なある一つのものに、永遠に意見を加えていく。その意見に対してまた意見を加えていく。何年たってもそれをやりつづけていく。ただしそのいちばん元になっておりますいわゆる本文ですが、これは絶対手を加えない。同時にこれは消さない」(同)


本講演の最後では、聖書的な世界観へと話が戻り、それをベースにした人生観へと進んでく。旧約聖書、新約聖書の物語を取り出し、何事も終わりがあり、それを意識して対処していく心構え、時代を区切って掴んでいく考え方などへと展開されていく。それによって、過去、現在、未来を意識していく生き方に繋がるという話となる。


「「舟を前に進めようと思ったら人間はうしろを向かねばならない」という言葉があるそうです・・ボートを漕ぐときに人間はうしろを向く。人間が未来に進んでいくというのはちょうどああいった状態だというんです・・・前に申しましたトサフィストの作業はある意味では両岸です。もっと正確にいえば、両岸に点々と立つ座標のようなものでしょう・・・未来とは過去の両岸、過ぎ去っていく両岸を標定しながらそれで判定する以外に方法はないわけです。これが歴史という意識であろうと思いますが・・日本民族が生きていくうえにも必要でありながら、われわれに最も欠けている発想だと常に意識しつづけることが、最も良い生き方ではないか、私はそんなふうに考えております」(同)


この講演は、聖書を深い教養として持つ山本らしさが際立つものだ。このトサフィストというある種の文化、これに類するものは古代中国の歴史や記録に対する向き合い方にもみられるが、この手法に従う限り確かに精緻で知的な議論はできるし、少なくともその積み上げてから大きく逸脱するような生き方を迫られることはないとも思う。その点、日本人の人生観、日本人の歴史観において、山本がいうようなトサフィスト的な手法をどの程度重んじるべきなのだろうか。それは結局のところ大元なる「文字情報」を信じられるかどうか、信仰できるかどうかの問題が出てくる。山本という人が聖書的な教養を軸に、とても知的でユニークなものの見方を提示し続けたことは事実であり、私もこれまで随分と学ばせてもらった。ただ、山本自身が聖書にまつわる教養を持ちつつも、それをどこまで信じていたのか、信仰していたかはまったく別の問題な気がするのだ。


聖書の「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」。この最初の「人はパンだけで生きるものではない」については、キリスト者でなくとも素直に受け取れるかもしれない。ただ、その次の「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」についてはどうなのだろうか。この一文に代わって「ごく自然にそうなった」が代用され、「人はパンだけで生きるものではない。ごく自然にそうなった」となっても、さほど違和感を覚えない部分が日本人にはあるのではないだろうか。決して、聖書を冒涜する気などない。言いたいのは、こうした感覚をもった敬虔な日本人クリスチャンもまた数多いるような気がしているということなのだ。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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