2023年秋期講座(明治大学リバティアカデミー)「戦争と倫理・戦略と道徳を考える」(教養としての戦略学)

第1回 古代の戦争と倫理・戦略と道徳

要約(23年12月7日実施)

本講座の第1回では、古代中国の「孫子」と「孔子」を軸に、戦争をめぐる“目的の倫理”と“プロセスの倫理”の違いを考察した。戦争は単に「悪」と「善」で割り切れるものではなく、歴史の中で常に倫理と結びつきながら語られてきた。その関係を見直すことが、本シリーズ全体のテーマでもある。

まず孫子は、戦争を国家にとっての重大事と位置づけ、「戦わずして勝つ」ことを理想としつつも、必要な場合は短期決戦によって敵を打ち破る戦略を提示した。その核心は、①開戦における倫理的な慎重さ、②経済的合理性、③廟算による合理的判断と私欲の排除にある。孫子は目的を達成するための合理性を重視しながらも、戦争の背後にある共同体の秩序や道徳を忘れなかったといえる。

これに対して孔子は、「仁」を基盤とする秩序の追求を重視した。孝や礼を通じて社会規範を定め、共同体全体の安定を維持することが重要だと考えた。儒家は「兵事を語らない」とされるが、戦争を全否定したわけではなく、むしろ教育や規範を前提として粛然と臨むべきものとした。やがて儒学は『孝経』や『春秋』を通じて政治理論に発展し、国家統治の支柱となっていく。

両者を比較すると、孫子は「戦争の目的」に倫理を求め、孔子は「戦闘のプロセス」に倫理を求めたと整理できる。この違いは、現代の戦争を理解する上でも有効である。ウクライナ戦争や中東情勢のように、国際社会が何を基準に判断しているのかを見極める際に、「目的」と「プロセス」の二つの倫理観を意識することは大きな示唆を与えてくれる。

古代の思想を振り返ることは、戦争をどう捉えるかという根源的な問いを現代に投げかけるもので、本講義ではその入口として孫子と孔子を取り上げ、戦争と倫理を考えるための視座を提示した。

講義録(詳細)

・古くからある戦争と倫理

本講義第1回でのテーマは、孫子と孔子を取り上げつつ、戦争の“目的の倫理”と“プロセスの倫理”の違いを考察するものである。そして、全体を通しては、戦争と倫理の関係を探究することを目指す。これまで行ってきた「教養としての戦略学」に倫理や道徳の視点を加えるのは新しい試みであり、日本ではまだ馴染みは薄いが、欧米でいう『正戦論(戦争倫理学)』とも関連する分野である。ただし今回は戦争倫理学そのものの解説ではなく、戦争と倫理の幅広い問題を取り上げることを目的とした。

人類の歴史を振り返ると、戦争(戦い)は言語の記録が残る以前から存在しており、共同体同士の戦いには儀式やルールが伴っていたとされる。すなわち人間は原始の時代から、戦いとともに一定の倫理観を育んできたと考えられる。今回の講座では、そのような文化人類学的視点は背景にあるという認識にとどめて、主に文字記録が残る時代以降の思想を扱う。

第1回目は、古代中国を対象とし、「孫子」と「論語(孔子)」を軸に考察を進た。戦争倫理や戦争哲学の議論では西洋におけるものが中心に扱われがちだが、東洋にも学ぶべきものが多いと指摘した。本講では、まず孫子の思想を取り上げ、次に孔子の考え方を紹介し、最後に両者を照らし合わせて今日的な結論を導くという構成で進めた。


・戦争と倫理を考えるために

本講義では「戦争と倫理・戦略と道徳を並行して考える意味」を出発点としている。特定の価値観を押し付けるのではなく、多様な立場から議論できる材料を提示することを重視した。日本では「戦争=悪」「倫理=善」という単純な図式で思考停止しがちだが、それでは実質的な議論にならないという問題意識を提示した。

この観点から、現代の具体例としてウクライナ戦争とイスラエル・ガザ紛争を取り上げた。ウクライナ戦争では、ロシアの侵略を非難しウクライナを支援するという西側諸国の立場が早い段階で固まり、日本もその流れに加わった。一方で、戦争の是非や倫理的評価について深い議論が行われる余地は乏しかったとされる。対照的に、イスラエル・ガザ問題では日本国内でもイスラエルへの批判が強く、外交的にも西側諸国と距離を置く姿勢が見られる。この違いは、日本の中東との歴史的関係や資源依存といった利害関係を背景に判断しているためとも言われる。

こうした事例をとっても、日本が国際紛争に対して態度を表明せざるを得ない時代にあることを示している。判断の基準が「利害関係」に基づくのか、「民主主義や正義といった理念」に基づくのかは一貫しておらず、複雑な現実を浮き彫りにしている。何が正しいかを一方的に決めるのではなく、「私たちは何によって判断しているのか」を問う姿勢こそが重要だと強調した。そのために、古典的な思想に立ち返ることが論点整理の助けとなるとし、今回の講座をクラシックなアプローチから始める理由を説明した。


・孫子の戦争観

ここから講義は古典的思想の具体例として孫子に焦点を当てる。孫子の思想を一言で表せば、「共同体の政治目的を達成するために、戦って勝つ方法から戦わずして勝つ方法までを提示する」点にある。特に「戦わずして勝つ」という考え方はよく知られており、外交戦・謀略戦・情報戦を駆使して目的を実現することが重視されている。


しかし、戦わずして勝つことが不可能であれば、戦って勝つことを追求する。その際には「短期決戦」「長駆侵攻」といった戦略を通じて敵を徹底的に打ち破る姿勢を示す。こうした場合、軍事的指導者に求められるのは「合理性」であり、目的達成のために最も効率的で適切な手段を選び実行できる能力が重要視される。同時に、孫子は政治的指導者には一定の倫理観を期待しており、戦略論の中に道徳的視点を組み込んでいることも特徴として挙げられる。

孫子の戦争観は、戦争を国家にとって重大事と位置づけ、その実行には明確な目的と一定の倫理観が不可欠であるとする点にある。さらに孫子は、戦争の莫大な経済的負担を強調し、開戦にあたっては慎重さと経済的合理性を重視する。この点が「兵とは国の大事」といった孫子の倫理的態度の核である。

戦い方については、武力戦にとどまらず、情報戦・外交戦を含めた多角的手段を統合することを特徴とする。また、戦争遂行に先立ってシミュレーション(「廟算」)を徹底的に行うことを重視した。そこでは単なる軍事力の比較だけでなく、国力、国民の士気や君主への信頼度、政府の支持基盤といった要素も考慮される。さらに祖先を祀る祖廟で議論を行うことで、参加者が私利私欲を離れ、共同体の歴史や全体の利益を踏まえて最適な判断を下すことが求められた。

総じて、孫子の思想の要点は①開戦における倫理的なものを含む慎重さ、②経済的合理性の徹底、③シミュレーションを通じた合理的判断と私利私欲の排除、の3点に集約される。


・孔子の倫理観

孔子の思想は、一言でいえば「秩序の追求」であり、その根幹には「仁(愛・慈しみ・真心)」が据えられている。孔子は、社会秩序を維持するためには人間関係の基盤として仁が必要であり、それを具体化する手段として「孝(親や目上の者への敬い)」と「礼(礼儀作法や規範)」を重視した。ここでいう孝は単なる親孝行にとどまらず、祖先への敬意や世代を超えた生命のつながりを含む広い概念である。さらに礼は、それを実際に社会で実践するための具体的な規範として位置づけられた。


このような論語の世界観は、個人の内面だけでなく共同体における人間の在り方を示すものであり、学びを通じて規範を身につけることの重要性を説いている。言語を媒介として共有可能な知を重んじる点も特徴である。

孔子が生きた時代背景には、周王朝の衰退と春秋戦国時代の到来がある。かつて血縁共同体に基づく「祭政一致」の秩序が崩れ、戦争や対立が増加していく中で、孔子は新たな倫理的秩序を提示した。孔子以前の儒学(原儒)は、祖先の魂を呼び戻す招魂儀礼などシャーマニズム的要素を含んでいたが、孔子はその宗教的・呪術的な要素を排し、荘厳な礼儀作法の体系へと整理していった。こうして儒学は「君子儒(国家的規模の礼儀を担う)」と「小人儒(家庭や小規模共同体の礼を担う)」といった区分を生じさせ、秩序維持につながる学問として体系化された。

なお、孔子自身は「怪力乱神(超自然的存在)」を論語の中で語らなかったが、それを完全に否定したわけではないとも考えられる。むしろ、万人が共有できない不可視の世界よりも、作法や儀式といった共通の知として確認できる領域を重視したといえる。


・孔子の戦争観

孔子の思想は、祖先崇拝を基盤とする「孝」を倫理の中心に据え、それを礼儀作法や儀式の形で社会に広めることで秩序を保つ方向へ発展した。これにより、小規模な共同体においても祖先崇拝を軸とした倫理が浸透し、政治的秩序の理論化につながった。また孔子は、『詩経』や『書経』といった古典を整理したともされる。当時の「詩」は外交の場で引用される慣習法、「書」は歴史的判例のような役割を担っており、これらを理解することは政治や外交における必須の素養だった。孔子はこれを整備することで、社会の知的基盤を確立したといえる。

戦争に対する孔子の態度は特徴的である。基本的に儒家は「兵事を語らない」という立場をとり、戦争を積極的に論じることを避けた。しかし、これは戦争を完全に否定したものではなく、現実に戦乱が存在する以上、必要に応じて向き合わざるを得ない事実も認めていた。論語には「教えざる民を以て戦うは、是れ之を棄つと謂う」(軍事を教えない民を用いて戦争するのは、民を棄てるというものである)と記され、戦争に臨む場合でも教育を受けた民が不可欠とされている。このことから、儒家は戦争を語らない態度を保ちつつも、粛然とした姿勢で臨むべきものとして位置づけていたと理解できる。


・儒学の変化と権威

儒学は孔子の時代の「孝」を中心とする小規模共同体の倫理から出発したが、時代の変化とともに大きな転換を遂げた。秦の時代には法家思想が重視され、儒学は焚書坑儒によって大きな打撃を受けた。しかし漢の時代になると、中央集権と地方諸侯の並存する郡国制が採用され、統治のために新しい政治理論が求められた。この過程で儒学は再評価され、権力と結びつきながら体制の一部を担っていく。

その象徴が『孝経』と『春秋』である。『孝経』は、天子から庶民に至るまでの階層ごとに応じた倫理を規定し、統治のための明確な秩序を与える役割を果たした。また『春秋』は、魯国240年の歴史を簡潔に記録した書物だが、孔子が編纂したと信じられたことで権威を獲得し、その解釈を通じて過去の歴史を現在の政策に結びつける学問体系が生まれた。こうして儒学は、単なる倫理思想から国家統治を支える政治理論へと発展していった。


・孫子と孔子の比較

孔子の儒家思想と孫子の兵法を比較すると、両者は共に政治目的として秩序の維持を重視する点で共通しているが、戦争や秩序維持の手段に対するアプローチは大きく異なることがわかる。孔子は「仁」を根本とし、共同体の秩序を保つ手段として「孝」や「礼」を重視した。具体的には、社会規範や儀式、礼法を通じて個人の倫理行動を統制し、社会全体の調和を図ろうとした。一方で戦争については積極的に語らず、戦争が現実に起こる場合には粛然たる態度で臨むとされる。

儒家思想を発展させた『春秋』や『孝経』の時代になると、戦争における倫理の重要性がさらに具体化する。代表的な例として「宋襄の仁」のエピソードがある。紀元前638年、宋国と楚国の川辺での戦闘において、宋国の王は敵がまだ川辺を渡って戦う準備を整えていない段階で攻撃することを拒み、結果として敗北した。この行為は後世で「無用の情け」と評されるが、儒学の解釈により評価は分かれる。『春秋左氏伝』では愚かとされるが、『春秋公羊伝』では礼を守った正しい態度とされる。ここから、儒家は戦争の目的そのものよりも、戦闘プロセスにおける倫理を重視する傾向があることが読み取れる。

一方、孫子は戦争目的の正当性を慎重に判断する一方、戦闘プロセスでは倫理的制約をほとんど求めない。「不戦屈敵」の原則のもと、戦わずして目的を達成できるならそれを優先するが、戦闘に入れば奇襲や騙し討ちなども辞さない。孫子においては、戦争目的に倫理を適用する段階と、戦闘プロセスに倫理を適用する段階とで立場が明確に分かれている。


・現代への示唆

このように、孔子(儒学)と孫子の戦争観を整理すると、両者とも秩序維持を目的とする点で共通するが、倫理の適用対象が異なることが明らかになる。儒家は戦闘プロセスにおける倫理を重視し、孫子は戦争目的における慎重さを重視するともいえる。この区別や視点は、現代における戦争倫理や国際紛争の分析にも応用でき、ウクライナや中東情勢のような現代の紛争を理解する際にも、この“目的とプロセスの倫理の違い”は鍵となる。いずれにしても、これら古代の思想を通じて見えてくるのは、戦争をどう捉えるかという問いが、いまもなお私たちの判断基準を問うているということだ。

(無論、この時代には現代のような戦時国際法の存在はない。孫子や孔子が活躍するよりも数百年前においては戦闘には代表者による決闘があり、敵味方の双方が戦場で衝突しても、どちらかが潰走をはじめればそれ以上の追撃や殲滅を狙うことはしなかったともいわれている。こうしたある種の倫理的な部分は、春秋時代の後半にはなくなっていたといわれる。)

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