2021年春期講座(明治大学リバティアカデミー) 教養としての戦略学『孫子』「マキャベリ」クラウゼヴィッツ『戦争論』「リデルハート」などを手掛かりに

第6回 現代篇


講義録(21年7月15日実施)


・リデルハートの登場と背景

バジル・リデルハート(1895–1970)はイギリスの戦略思想家であり、第一次世界大戦に従軍した経験を基盤として、その後の戦略理論を築き上げた。彼はケンブリッジ大学在学中に戦争が勃発し、臨時将校として西部戦線に投入され、多大な犠牲を目の当たりにした。この体験が、従来の「正面衝突」中心の戦争観への批判意識を形作る契機となった。


・戦争観と「真の勝利」

リデルハートにとって戦争における勝利とは、単に敵軍を殲滅することではなかった。戦前の平和と戦後の平和を比較し、後者がより良いものであるときに初めて「真の勝利」といえるとした。この考え方は、第一次世界大戦後の破壊と混乱を背景に生まれた、極めて現実的な認識であった。


・戦略の階層と大戦略

リデルハートは戦略を「大戦略」と「軍事戦略」に区別した。大戦略は国家の政治目的や政策を含む上位概念であり、軍事戦略はその下位に位置づけられる純粋な軍事的活動である。この整理によって、軍事を国家全体の政策と不可分に捉える視座を提示した。


・間接アプローチの理論

彼の最も有名な概念は「間接アプローチ」である。これは、敵軍の正面を直接攻撃するのではなく、相手の意表を突く行動や周辺からの圧力によって敵を心理的・物理的に麻痺させ、最小限の犠牲で目的を達成しようとする戦略である。クラウゼヴィッツ的な「決戦志向」に対して、リデルハートはより柔軟で心理的要素を重視する戦略を打ち出した。


・ゲリラ戦と心理戦への注目

リデルハートは正規軍同士の決戦だけではなく、ゲリラ戦や心理的攪乱の重要性も説いた。敵を完全に撃滅するのではなく、行動不能に陥らせる「麻痺」を狙う発想は、20世紀の戦争における新しい戦略の方向性を示していた。


・機甲戦理論

さらに彼は戦車の可能性に注目し、機甲部隊を集中運用する戦法を研究した。同時代の戦車推進論者フラー大佐らの影響を受けつつ、機甲戦の理論を発展させた。これにより第二次世界大戦におけるドイツの電撃戦(ブリッツクリーク)に理論的影響を与えたとされる。


・評価と限界

リデルハートは「間接アプローチ」と「大戦略」という二つの枠組みによって、20世紀の戦略論に新たな地平を開いた。その一方で、彼の理論は抽象的であり、必ずしもすべての戦況に適合するものではなかったとの批判もある。それでも、戦争を総合的・心理的な営みとして捉える彼の洞察は、クラウゼヴィッツやマハンらの戦略思想とは異なる独自の意義を持つ。


・まとめ

リデルハートは、第一次世界大戦の惨禍を踏まえ、敵の正面攻撃ではなく「間接アプローチ」による戦略を提唱した。また戦争を「大戦略」と「軍事戦略」に階層化して整理し、国家と戦争の関係を新しい観点から提示した。機甲戦の研究や心理戦への注目を通じて、二十世紀の戦争様式に大きな影響を及ぼした彼の思想は、現代の戦略研究においても重要な参照点であり続けている。

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