2021年春期講座(明治大学リバティアカデミー) 教養としての戦略学『孫子』「マキャベリ」クラウゼヴィッツ『戦争論』「リデルハート」などを手掛かりに
第5回 近代篇(後篇)
講義録(21年7月8日実施)
・マハンの登場と背景
アルフレッド・セイヤー・マハン(1840–1914)はアメリカ海軍の将官であり、海上戦略を体系的に論じたことで知られる。彼の代表作『海上権力史論』(1890年)は、近代海軍戦略の古典として広く読まれた。彼は、海軍力の発展と国家の興亡との関係を歴史的に分析し、シーパワー(海上権力)の概念を提示した。
・シーパワーの概念
マハンの中心的な主張は「制海権を握る国家が国際政治において優位に立つ」というものであった。制海権の確保は、敵艦隊を決戦で撃滅することによって達成される。艦隊の集中を重視し、大艦巨砲による決戦主義を唱えたのである。彼にとって海軍の目的は、敵の商船を襲撃することではなく、敵艦隊を壊滅させて制海権を独占することにあった。
・歴史からの学び
マハンは戦史研究を通じて理論を構築した。イギリスがスペインやオランダを凌ぎ、大英帝国として繁栄した要因を海軍力に求め、歴史的にシーパワーの重要性を証明しようとした。海上交通路の確保と植民地経営、通商の拡大が国家の富をもたらし、それを支えるのが強力な海軍であると論じた。
・政治と軍事の関係
マハンにとって海軍力は単なる軍事力ではなく、国家戦略そのものであった。海軍を強化することは、通商の拡大や国家経済の発展に直結する。すなわち政治と軍事、経済が一体となった総合的戦略の中に、海上権力を位置づけたのである。これにより、アメリカは孤立主義から世界戦略へと舵を切る思想的基盤を得た。
・日本への影響
マハンの理論は日清・日露戦争期の日本海軍に大きな影響を与えた。秋山真之や佐藤鉄太郎といった人物がマハンの著作を研究し、実際の戦略に取り入れたことはよく知られている。日本海軍の艦隊決戦志向や大艦巨砲主義は、マハンの理論を色濃く反映したものであった。
・評価と限界
マハンの思想は20世紀前半まで世界の海軍戦略を方向づけたが、航空機や潜水艦、ミサイルといった新技術の登場によって次第に修正を迫られた。艦隊決戦を至上とする発想は、第二次世界大戦後には必ずしも妥当しなくなったのである。しかし、シーパワーの概念自体は、冷戦期以降のアメリカ海軍戦略や現代の海洋安全保障論にも生き続けている。
・まとめ
マハンは、海軍力こそが国家の命運を決するというシーパワー論を打ち立て、艦隊決戦と制海権確保を戦略の核心に据えた。彼の歴史分析は理論に裏打ちされ、世界の海軍思想を一世紀以上規定した。技術革新によって限界は露呈したものの、海上権力を国家戦略に結びつけた彼の洞察は、今日でも海洋国家にとって重要な指針となっている。
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