2022年春期講座(明治大学リバティアカデミー)教養としての戦略学 「『失敗の本質』を軍事・経営戦略の視点から読み解く」

第1回 イントロダクション


講義要録(22年5月12日実施)

本講座は、古典的戦略思想や組織論の知見を踏まえつつ、日本の戦史研究の代表作ともいえる『失敗の本質』を現代的に再検討することを目的とする。第1回では、まず本書が刊行された経緯と研究手法、そこに内在する問題点を確認し、その上で本講座が深めるべき方向性を示した。

『失敗の本質』は、異なる分野の研究者が集まり、学際的な共同研究の成果としてまとめられた。その背景には「戦史研究に社会科学的方法論を導入し、より科学的な戦史分析が可能か」という問いがあった。しかし、執筆陣の間ではしばしば組織論専攻と歴史専攻の立場の相違が衝突した。前者は理論化・一般化を志向するのに対し、後者は個別性を重んじ、理論化に警戒心を抱いたのである。この緊張関係自体が、本書の学術的な位置づけを特徴づけている。


・社会科学と組織論の視点

講義ではまず、社会科学的方法論の基本的特徴を整理した。社会科学は自然科学と対比され、人間社会を科学的に理解しようとする営みである。経済学、経営学、政治学、社会学などを含み、因果関係を抽出し抽象化、モデル化を志向する点に特徴がある。要するに「理論化」を避けて通れない学問である。

その中で組織論は比較的新しい分野であり、心理学・社会学・経営学などの学際的研究から成立した。合理性を前提としつつ、組織の構造や文化、管理システムを分析対象とする。マックス・ヴェーバーの合理性概念がその基盤にあり、彼が示した「目的合理性」「形式合理性」といった枠組みが、近代的官僚制を理解するうえで不可欠となる。『失敗の本質』もまた、軍隊という合理的・階層的な官僚制組織を分析の典型例として位置づけている。

ただし、この合理性を日本の軍隊に適用すると矛盾が見えてくる。日本軍は官僚制的組織の典型とされながらも、実際の行動はしばしば合理性に反した。その背景には、人間関係や属人的統合に依拠する文化があり、これが組織的欠陥となって大東亜戦争での失敗を招いたと考えられる。


・歴史学の視点とその限界

一方で、歴史専攻の研究者は、理論化よりも個別性の重視を基本姿勢としてきた。歴史学は「実証主義」に基づき、史料批判を通じて事実を明らかにする学問である。しかし、それは単なる「事実の羅列」にとどまる危険も孕む。

イギリスの歴史家E・H・カーは『歴史とは何か』において、歴史家は事実を選択する存在であり、価値観や問題意識に基づいた必然的な取捨選択が行われると論じた。つまり、我々が読む歴史は「事実そのもの」ではなく、解釈を経た判断の集積である。また、カーは歴史を「原因の研究」と位置づけ、因果関係を問い続ける営みこそが歴史家の使命であると強調する。

このような視点を踏まえると、『失敗の本質』が「なぜ敗北したのか」を問う際にも、単に戦史の事実を並べるのではなく、組織論の理論枠組みを通して解釈することに意義がある。そこに本書の学際的な挑戦の核心があるといえる。


・本講義の方向性

第1回講義のまとめとして、西田は次の三点を強調した。第一に、『失敗の本質』は学際的性格ゆえに限界と可能性を併せ持っていること。第二に、軍事組織を合理的官僚制の典型としつつ、その実態が合理性と矛盾することを示す点に学ぶべき意義があること。第三に、社会科学の理論化と歴史学の実証性を架橋することが、現代の戦略研究においてなお必要であるということである。

本講座では今後、具体的な分析枠組み――軍事組織の環境適応、組織構造、管理システム、組織文化――を軸に、日本軍の失敗を戦略的に検討していく。第1回はそのための方法論的基盤を確認する導入となった。

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