2022年春期講座(明治大学リバティアカデミー)教養としての戦略学 「『失敗の本質』を軍事・経営戦略の視点から読み解く」

第2回 戦略とは何かを考える


講義要録(22年5月19日実施)

本講義第2回のテーマは「戦略とは何か」である。軍事領域における大戦略・軍事戦略・作戦戦略・戦術と、経営領域における経営理念・ビジョン・経営戦略・全社戦略・事業戦略・実行計画とを比較し、それぞれの相違点と共通点を整理したうえで、両者の関係性を考察する。『失敗の本質』が扱った戦史事例を参照しつつ、同書が論じなかった上位戦略の視座も取り込み、理解を深めることを目的とした。


・軍事と経営における戦略の階層構造

経営戦略は一般に「事業戦略」と「全社戦略」に大別される。事業戦略は、個別の市場において競合他社に対し優位を確立するための方策であり、軍事における作戦戦略に相当する。たとえば方面軍や艦隊といった中間単位が一定の戦域でいかに戦うかを定めるのが作戦戦略である。『失敗の本質』で扱われる多くの戦例は、この水準の問題として論じられている。

一方、全社戦略は複数事業を抱える企業全体の最適化を図るものであり、軍事でいえば軍事戦略に該当する。軍事戦略は国家レベルで戦争を指導する際の時間軸・空間軸に関わり、各作戦をいかに有機的に結びつけ、戦争全体を有利に終結させるかという「グランド・デザイン」の欠如が、日本軍の大きな弱点であった。


・合理性とその限界

事業戦略や作戦戦略の領域は、効率的な敵戦力の撃破や収益性の追求といった「合理性」が比較的明確に働く場である。原理原則に従うことができ、マニュアル化も可能である。しかし、全社戦略や軍事戦略の水準では、国家目的や国益といったより上位の理念が関わり、単純な合理性だけでは割り切れない。

日本軍の戦略策定は、米軍のように一般原則を基礎に演繹的に構築するのではなく、経験に依拠した帰納的傾向が強かった。情緒や空気に左右され、科学的思考が組織の習性として定着しなかったことが、戦略上の失敗に直結したといえる。


・非合理を含む上位戦略

経営における最上位概念が経営理念やビジョンであるように、軍事においても国家理念や国家目的が大戦略の根幹を成す。アメリカの国家安全保障戦略(NSS)や日本の防衛大綱のような政策文書には、理念や歴史観が反映される。『失敗の本質』はこうした上位概念をほとんど捨象し、あえて組織論による作戦レベルの分析に焦点を当てた。その結果、組織論と戦史を結びつけることに成功した一方で、国家理念や大戦略の議論を深める余地を残したともいえる。

この視点からすれば、合理的に説明できない要素――文化的背景、歴史的経験、国家的価値観――が、戦略の上位では重要な役割を果たす。『失敗の本質』を読む際には、この捨象の意味を自覚する必要がある。


・経営学の補助線から見る戦略

西田は、経営学の理論を補助線として『失敗の本質』を読み直す試みを提示した。マイケル・ポーターの三つの基本戦略――コストリーダーシップ、差別化、集中――を戦史に適用することで、新たな解釈が可能になる。

例えば、日本の短期決戦指向はコストリーダーシップの観点からは持続可能性に乏しかった。米軍が採用した水陸両用作戦は、差別化戦略の典型として独創性を発揮した。他方、日本軍は艦隊決戦に固執し、独創性ある戦略構想を欠いた。さらに集中戦略の観点から見れば、日本軍は対ソ戦志向や艦隊決戦主義など局地的な思考にとらわれ、大戦略全体での統合を欠いたことが明らかになる。


・本講義の意義

第2回講義では、軍事と経営の戦略概念を対応づけることで、『失敗の本質』の限界と可能性を明らかにした。作戦戦略に焦点を絞った同書の分析は一定の成果をもたらしたが、国家理念や大戦略を視野に入れなければ戦略全体を理解することはできない。また、経営学の理論を参照することで、従来見えにくかった要素――コスト、差別化、集中――が浮かび上がる。

西田は、このような複眼的視座こそが現代の戦略学に必要であり、軍事と経営の比較を通じて得られる知見は、今日の安全保障や組織運営にとっても有益であると結論づけた。

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