2023年春期講座(明治大学リバティアカデミー) 『教養としての戦略学「孫子とクラウゼヴィッツの戦略思想を学ぶ~ナポレオン戦争、大東亜戦争、ウクライナ戦争の現実を通して真摯に考える~」』

第1回


講座要約(23年6月1日実施)

本講義は、明治大学リバティアカデミー春期講座の第1回として、西田が担当したものである。テーマは「孫子とクラウゼヴィッツの戦略思想を学ぶ―教養としての戦略学」。ナポレオン戦争、大東亜戦争、そして現代のウクライナ戦争といった事例を踏まえつつ、古典的戦略思想の意義を今日的視点から検討した。


・イントロダクション

冒頭で、西田は「なぜいま孫子やクラウゼヴィッツを学ぶのか」という問いを立てた。古典的軍事思想は単なる歴史的遺物ではなく、現代社会の国際関係や組織運営においても依然として示唆に富む。特に、戦争や安全保障に限らず、企業経営や日常的な意思決定に応用可能な「戦略的思考」の訓練素材として有効であることを強調した。


・孫子の思想

まず、中国春秋期の軍事思想家・孫武の『孫子』を取り上げた。ここでは「戦わずして勝つ」という理念、戦闘の防勢主義、短期決戦志向、そしてスパイ活動や情報戦の重視といった特徴を示した。政治と軍事の関係についても、「利に非ざれば動かず」とする合理的姿勢を解説し、国家目的に資さない戦いは行ってはならないという基本原則を確認した。また、戦争に先立つシミュレーションや兵力比較の重要性も強調した。孫子における戦争観は、倫理的・道徳的側面と、利益とコストを天秤にかける合理的側面の両面を持つと整理した。


・クラウゼヴィッツの思想

次に、プロイセンの軍人・軍事学者カール・フォン・クラウゼヴィッツを紹介した。彼はナポレオン戦争の敗北と屈辱を経て『戦争論』を執筆し、「戦争は他の手段をもってする政治の延長である」という定義を提示した。戦争を国家の政策と不可分に捉えつつ、そこに「摩擦」「偶然」「不確実性」が介在することを説く。また、戦争には「絶対戦争」と「現実の戦争」という二重性があるとし、理念型と実際の乖離を明確に意識した点に学問的独自性がある。西田は、クラウゼヴィッツがロシア軍に参加し祖国の独立を志向した逸話にも触れ、その思想が単なる理論にとどまらず実践的経験に裏付けられている点を強調した。


・両者の比較と共通点

孫子とクラウゼヴィッツは時代も文化も異なるが、共通して「戦争と政治の関係」を重視した点で一致する。他方で相違点としては、孫子が戦争を限定的に扱い「戦わずして勝つ」道を強調するのに対し、クラウゼヴィッツは戦争の激化傾向や暴力の極限性を指摘する点にある。両者の思想を比較することによって、戦争をいかに制御し、政治目的と調和させるかという普遍的課題が浮かび上がる。


・現代への応用

講義の後半では、これら古典思想が現代戦略にどのように生きているかを論じた。たとえば、ハイブリッド戦争や情報戦は孫子の発想に通じる要素を持ち、また政策と軍事の統合的運用という視点はクラウゼヴィッツの理論を想起させる。ウクライナ戦争における情報操作や国際世論戦は、古典思想を現代的に読み替えることで理解が深まる事例であると指摘した。


・まとめ

西田は総括として、孫子とクラウゼヴィッツの思想は「戦争とは何か」を考えるための二つの異なる窓口であり、相互補完的に学ぶことでより多角的な理解に至ることができると述べた。さらに、こうした古典を学ぶことは単に軍事史の理解にとどまらず、現代社会における戦略的思考力を涵養する教養として大きな意味を持つと結んだ。

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