2023年春期講座(明治大学リバティアカデミー) 『教養としての戦略学「孫子とクラウゼヴィッツの戦略思想を学ぶ~ナポレオン戦争、大東亜戦争、ウクライナ戦争の現実を通して真摯に考える~」』

第3回


講座要約(23年6月15日実施)

本講義は春期講座の最終回として、西田が「現代戦と戦略思想」をテーマに、ウクライナ戦争を中心に古典的戦略理論を検討したものである。孫子とクラウゼヴィッツという二人の思想家を参照しつつ、情報戦やハイブリッド戦、国家意思の問題などを具体的事例と関連づけながら解説した。


・ウクライナ戦争の文脈

冒頭、西田は2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻を取り上げた。ロシア側は短期決戦を構想していたとみられるが、ゼレンスキー大統領の抵抗意思、国際社会の結束、NATO諸国の軍事・経済支援によって戦争は長期化した。ここで重要なのは、戦争の帰趨を単なる兵力や戦闘の勝敗だけでなく、国家の意思や国際世論の動員といった政治的要素が大きく規定している点である。これはクラウゼヴィッツの「戦争は政治の延長」という命題を再確認させるものであった。


・情報戦・認識戦

次に、情報戦の展開が分析された。ロシアは侵攻当初から「特別軍事作戦」と称し、国内外での言論統制と情報操作を行った。一方ウクライナはSNSや国際メディアを活用し、国際世論を味方につけることに成功した。たとえばゼレンスキー大統領がキーウに留まって演説を重ねる姿は、象徴的効果をもたらし、軍事力以上に大きな意味を持った。これは孫子のいう「戦わずして人の兵を屈する」に通じるものであり、情報空間における優位が戦局を大きく左右することを示している。


・ハイブリッド戦

西田は現代戦の特徴として「ハイブリッド戦」を取り上げた。これは通常戦力の行使と並行して、サイバー攻撃、経済制裁、エネルギー供給の停止、宣伝戦といった多様な手段を組み合わせる戦法である。ロシアはエネルギーを外交・戦略の武器として用いたが、西側諸国は供給源の多様化と価格上昇への対応によってこれを相殺した。戦争は戦場にとどまらず、社会全体を巻き込む複合的現象であることが改めて示された。


・孫子とクラウゼヴィッツの視点

孫子は戦争を極力回避し、戦わずに勝つことを理想とした。他方クラウゼヴィッツは、戦争の暴力性がエスカレートする傾向を認識し、摩擦や偶然を織り込んだ理論を構築した。西田は、現代の戦争を理解するには両者の思想を相互補完的に学ぶ必要があると説く。ウクライナ戦争のように、軍事・外交・情報・経済が一体化した状況を考えると、孫子の柔軟な用兵思想とクラウゼヴィッツの厳密な戦争論を架橋することが不可欠である。


・国家意思と国民動員

さらに、国家意思と国民の動員力について論じた。クラウゼヴィッツの「三位一体」論(政府・軍・国民)は、戦争の持続と勝敗を決定する。ロシアは長期戦によって国力を消耗し、兵士の士気低下や若年層の国外流出に直面している。他方ウクライナは国民の高い士気と国際支援に支えられて戦い続けている。この対比は、戦争が単に軍事的技量ではなく国家総力の動員によって規定されることを示している。


・現代的示唆

最後に、西田は古典的戦略思想の現代的意義を強調した。孫子とクラウゼヴィッツはともに「戦争の本質」を捉えようとした点で共通し、その洞察は21世紀の紛争にも適用可能である。特に情報環境の変化や非軍事的手段の多用は、古典を読み直す契機となっている。受講者に対して西田は「古典を通じて現代を理解する」視点を持つことの重要性を訴えて講義を締めくくった。

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