兵は国の大事なり~戦略の業~ 【第10回】 「AIと現代戦 ― イラン攻撃と「拙速」の問題」

・AIが貢献している厳しい現実の一つ

今回の米国によるイランへの軍事行動は、本稿を書いている時点では現在進行形であり、詳細な経過がすべて明らかになっているわけではない。それでも報道されている範囲を見るかぎり、短期間・短時間のうちに多数の目標に対して同時並行的な攻撃が行われたことは確かであり、従来の空爆作戦と比較しても、かなり高い速度と密度で作戦が遂行されたように見える。

作戦の全容は不明であるものの、米軍空母打撃群を軸とした兵力展開とイスラエルなどの同盟国との連携、さらに高度な情報監視偵察能力を背景にして、イラン深部に分散されていた目標に対してほぼ同時に打撃が加えられたとすれば、理論上語られてきた同時並行型の縦深打撃に近い様相を呈していたと評することができるかもしれない。

このような作戦が可能となった背景の一つには、すでに多くの有識者が指摘するようにAIを含む情報処理技術の進展が寄与しているといえるだろう。このことで、作戦計画に要する時間が大幅に短縮され、作戦テンポは早まり、従来は数日単位で行われていた調整が数時間単位で実行されうることが指摘されている。ターゲットの選定、優先順位の付与、攻撃経路の調整など、多数の要素を同時に処理しなければならない現代戦において、アルゴリズムによる支援が不可欠になりつつあるという議論は軍事領域では珍しいものではなくなってきている。


・これについての賛否両論の存在

しかし同時に、このような変化に対して批判的な議論も存在している。AIによる作戦支援が進むにつれて、人間の判断が結局のところは形式的な承認に近づき、実質的にはAIが提示した結論をほとんど考える暇もなく追認するだけになってしまうのではないかという懸念などである。意思決定による速度が求められるほどに、人間が熟考して介在する余地は小さくなり、結果として戦争の統制そのものに対する人間の力が弱まる可能性があるという指摘はもっともであろう。

他方で、軍事的合理性の観点から見れば、こうした変化は避けがたい面もあるだろう。現代戦では向き合わなければならない情報量が飛躍的に増大し、作戦を行う戦域もまた多層化している。空・海・陸に加えて宇宙やサイバー領域まで含めた統合作戦において、人間だけで全体を把握して、同時に判断を下すこと自体が困難になりつつある。むしろAIを含む支援なしに作戦を遂行しようとすれば、速度と精度の面で致命的な不利を背負うことになりかねないともいわれる。

なお、古くから戦争においては速度が重視されてきたが、その意味で孫子の言葉「兵は拙速を尊ぶ」は現代にも通じる。この言葉自体は、軍事行動においては、完璧を求めて機を失うよりも、多少の不備があっても迅速に動くこと、すなわち「拙速」が重要だということになる。しかし現代においてAIが関与するようになったとき、この「拙速」の意味は変わりつつあるのかもしれない。速度は増しているが、その速さが本当に人間の理解を伴っているのか、それとも単に処理能力の向上によって加速しているものを前に理解できたと思っているにすぎないのか、これからも慎重に見ていく必要があるだろう。


・不可避となる戦略とAIの問題

さらに考えなければならないのは、ひと昔前まではAIの活用が戦闘レベルや戦術レベルに過ぎなかったものが、今では作戦全体の設計にまで及び始めているという点である。作戦レベルにおいてデータ処理やターゲティングの自動化が進むこと自体は、ある意味では避けがたい流れなのだろう。しかしその先にある戦略レベルにおいて、AIがどこまで関与するのかという問題は、まだ十分に議論されているとは言い難い(これから真摯に向き合うことになる)。

戦略とは単なる計算ではなく、価値判断と目的設定を含むものである。何を守り、何を放棄し、どこで戦いを終えるのかという問いは、本来人間の思考と責任に属するはずの領域である。作戦テンポの速度が増し、判断の時間が圧縮されていくなかで、これより先、人間がどこまで主体的に考え続けることができるのかは、今後ますます問われることになるだろう。

AIを単なる自動化の装置として使うのか、それとも思考を拡張する道具として使うのかによって、戦争のあり方そのものも変わるのかもしれない。現代戦において孫子が喝破した拙速が求められること自体は変わらないとしても、その「拙」がどのような意味を持つのかを見極める作業は、これまで以上に重要になっていくのではないだろうか。今回のイラン攻撃から冷静につかみ取るべき示唆はあまりにも深いのかもしれない。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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