論語読みの論語知らず【第52回】「其の言の其の行い過ぐるを恥ず」

いわゆる「B級映画」に分類される「スターシップ・トゥルーパーズ」(1997年アメリカ)はコアなファンが多分にいるようだ。内容は未来の世界が舞台で、民主主義が崩壊した後に地球連邦が成立してそこでは軍を中心に社会が構成されている。その理由のひとつは銀河系の惑星に植民を試みる人類と「先住民」である昆虫型宇宙生物との戦いが繰り広げられているからだ。地球連邦の社会では人種や男女間における差別はなく平等にそこは運営されている。だが一方で明確な階級があり「市民階級」と「庶民階級」に分かれている。「市民階級」に属するものは兵役(軍歴)を経ているかどうかであり、それを有して地球連邦の防衛に奉仕したものは市民、それをしなかったものは庶民とされる。もっとも庶民とはいっても普通に「健康で文化的」な生活はしている。ちなみにこの映画のプロデューサーはその制作意図をかつてナチスドイツがつくったプロパガンダ映画「意思の勝利」のパロディとして位置付けており、全体主義社会やナチに対する批判を込めたとしている。


哲学者カール・ポパー(1902-1994)は全体主義社会の思想的な源流は古代ギリシャのプラトンにあるとその著書「開かれた社会とその論的」の中で言及している。私はポパーのこの考え方が必ずしも適切とは思わない。ただ、プラトンは「国家」(ポリティア)のなかでその理想的な国(共同体)の在り方をとき、そこでは社会の階級を大きく三層にわけている。簡易的にいえば一番上から「守護者」、次に「補助者」、最後に「一般人」となる。そして、「守護者」に求められる素質を智恵、「補助者」は勇気、「一般人」には節度(節制)を求めており、共同体を守るために戦う義務をこの「補助者」以上に課す格好だ(要は素質に応じた役割分担を階級化することで社会を調和させる目論見だが、この「国家」という作品は構成が複雑なので誤解もされやすい)。


さて、今週のニューズウィーク日本版を斜め読みしていると「上級国民論」(かくも空虚な「上級国民」批判の正体)が特集として組まれていた。この特集によると「上級国民」なる言葉はネットで生まれて、いまでは実社会においても「市民権」(知名度)を得たとのことだ。一方でこの単語の定義は曖昧であり、単に富裕層である「上流階級」を指すこともあれば、政治力や経済力を駆使して罪や責任から逃れる「特権階級」を示すこともあるという。この上級国民なるもの、たとえば、元高級官僚などが社会的な事故事件を起こした際の顛末で、そこに司法の忖度なるものが働いているのは上級国民故だなどのカタチで出没してくる。なお、このネットで批判炎上させるのに躍起になっているのは、世帯収入的に中層以上に分類される「中級国民」が多く含まれるとしていた。この特集は「「攻撃的な書き込みなどをするネット炎上の参加者は高収入で、職場での地位も高い「アッパーミドル」層が多い」(引用)としている。 もっとも実態として「上級国民」なる言葉はともかく、それが実際に存在しているかについてこの特集は判断をしているわけではない。さて論語に次のような言葉がある。


「子曰く、君子は其の言の其の行ないに過ぐるを恥ず」(憲問篇14-27)


【現代語訳】

老先生の教え。教養人は、自分の発言内容が、自分の実践内容よりも過大であることを恥じとする(加地伸行訳)


仮に「上級国民」なるものたちが実在するとしても、ネットでそのようなレッテルを貼られて、批判と炎上の槍玉にあげられる程度の存在だ。仮に「忖度」なるものが存在するとしても、どこか後ろめたさと不公平であることを承知の上でこそこそ行われる程度の特権であり権力に過ぎない。かつて外国で長らく仕事をしたとき、そもそもダブルスタンダードが当たり前で、特権や権力で好き勝手やることにまったくの痛痒さを感じない「上級国民」をみる機会が多かったが、それに比べると多寡が知れている(だからといってそれを肯定や弁護する意図はない)


そんなことよりもこの特集が言及したように「アッパーミドル」層の一部が攻撃的書き込みやネット炎上に躍起になっているほうが不健全な気がする。批判することがダメということではなくて、他者を批判するに際して、余裕と教養をもって自らの言行を十分に省みる努力をしているかどうかが大切な気もするのだ。中流層からいうなれば節度ある倫理観や道徳観に基づくものが消えていけば、それこそ民主主義の根幹たる良心と健全さを失うと思う。民主主義が崩壊した世界、映画「スターシップ・トゥルーパーズ」はパロディ映画に過ぎないが、兵役の有無で「市民階級」「庶民階級」が分かれる近未来などたちの悪い冗談だ。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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