温故知新~今も昔も変わりなく~【書評・第69回】 蟹江憲史『SDGs(持続可能な開発目標)』(中公新書,2020年)
街を歩いているとチラホラと17色カラーのSDGsバッジを付けている人が前よりも増えてきた気がする。スーツ姿のビジネスパーソン、学生、シニア層と幅はだいぶ広がったようで、SDGsという言葉がそれに比して認知はされてきているようだ。日経新聞などでは結構な頻度でSDGsに関するフォーラムが、コロナ禍によってオンラインがほとんどだが開催されている。内容は様々だが有名企業が参加するフォーラムでは、企業のそれぞれがSDGsについてどのような取り組みをしているか報告していく形などが多い。たとえば、即席麺などを主力としているメーカーでは、トップの社長が自らオンラインで登壇して、資源問題に挑むために自社では環境に配慮したパーム油の使用を目指すこと、製造プロセスにおける水の使用量の抑制、流通と販売過程での廃棄物の削減を目指すことなどを報告していた。気候変動に対しては2030年に向けて具体的なCO2の削減目標を提示し、再生可能エネルギーの導入や省エネ対策を手段としてそれを実現していくとも続けた。他にも参加企業がそれぞれの立場で実現可能なことを発表していたが、それぞれの参加者が、それぞれの立場を弁えて、それぞれ可能なことを取り組んでいくこと自体は大いに結構だと思う。
SDGsという言葉が少しずつ注目される一方、それがよくわかないとの声もしばしば聞くのも事実だ。17のゴールと169のターゲットがあり、2030年までに目標の達成を目指すことは知っていても、それぞれのゴールとターゲットが具体的にどのように連関しているかなどを捉えていくのは大変な知的作業となる。領域によってはシナジー効果を得るものもあれば、トレードオフの関係になるところもある。ただ、それらを全て整理調整して皆にとって良いものになるように合意して統一したポリシーとルールを作ろうしたらとんでもない時間がかかるし、できたころにはもう現実に追いつかないかもしれない。だから、SDGsはルールに寛容で、アプローチも当事者に一定の自由裁量を与えるようになっている。このSDGsについてわかりやすくポイントをまとめた本を一冊あげるとすれば、「SDGs(持続可能な開発目標)」(蟹江憲史・中公新書)をあげたい。著者の蟹江先生は学者としてSDGsの第一人者的存在であり、最近はフォーラムやシンポジウムなどで有識者やパネラーとして臨席されて活躍されている。
この本はSDGsとは何かといった理念を平易に説明しつつその具体的な特徴をしめしてくれる。第1章でSDGsの特徴として「仕組み」「測る」「総合性」の3つをあげて、ルールのない自由な仕組みがもたらすメリット、その上でそれぞれの目標達成をどのように測っていくのかについて指標の柔軟性とクオリティの在り方、そして、経済、社会、環境といった要素のなかでSDGsが持つ総合性について解説する。他方でその限界について言及している。
「SDGsに含まれない重要な社会的側面があることは、常に留意しておく必要がある。たとえば、文化の側面である。SDGsは国により異なる状況を勘案して目標達成のための努力を行うことを強調しており、文化の多様性や文化振興などに触れるターゲットもあるものの、目標自体に文化は含まれていない。あるいは芸術も、生活の質や心の豊かさのためには非常に重要なものであるものの、SDGsのなかでは言及されていない」(第1章より)
加えて、SDGsが有するもう一つの難しさも指摘している。
「ただし、SDGsは政治的な含意によってできあがっているものであることから、すべてが調和的にできているわけではない。あるターゲットを達成しようと思うと、別のターゲットの達成を脅かすものも存在する。たとえば農業労働者の所得増大(2・3)は、危険な化学物質にさらされる人々の数を増やす可能性(3・9)がある・・」(同)
本書はSDGsを総花的に説明しつつも、このように明確に問題点も提示している。そして、この本の第2章はSDGsが各国の利害が衝突するなかでいかに難産であったかについて展開していくのだ。この第1章と第2章を読むだけでも、SDGsを少し俯瞰して捉えることができるので入門書としても良い本だと思っている。
さて、私自身多少なりともSDGsに関わっている。ある地方自治体の積極的な取り組みについてその当事者からじっくりとヒアリングする機会があったが、これまでの行政のイメージを覆すようなフットワークの軽さであることには驚かされた。行政が絡むとどうしても計画をしっかりと練って、それに基づいて動くので、なかなか柔軟な修正は難しいのが相場だ。ただ、ことSDGsとなるとその参加者の出入りも良い意味で緩いので物事が進みやすいようだ。もっともそれを成功させていくためには、行政側のこれまで以上にやわらかいマインドセットが必要にはなるだろう。
もう一つ私自身が関心を持っているのはSDGsと安全保障の関係だ。SDGsの17のゴールのうち16番目は「平和と公正をすべての人に」である。この理念自体は誰も反対しない。誰も反対もしないが、これ単体だけではなかなか動かない。ただ、この16番目に、ためしに13番目の「気候変動に具体的対策を」や6番目の「安全な水とトイレを世界中」をくっつけてみる。こうなると、たとえば日本と中国の間に共有しなければならない領域や論点が多く出てくるのだ。そして、これは言葉の綾だが、同じ鍋のなかの料理をつつかなければならない関係は、いろいろなことを互いに制限や我慢しなければならなくなる。安全保障単体では緊張がエスカレーションしていくとしても、SDGsの側面がそれを反対にデスカレーションしていく可能性もあるだろう。SDGsも安全保障も理念と観念の産物としての側面があることは否定できないのだ。キレイごとのなかに、キレイごとではいかないことを入れ込むことの効果は如何になるか。そんなことを仲間を集めて研究してみたいとも思っている。
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筆者:西田陽一
1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。
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