「孫子」第5回 第1章 兵法書「孫子」について(3)

第2節 その時代の特性 ②


「孫子」の時代の特性としての2つ目は、下剋上の時代であったことが挙げられる。周王朝の権威が揺らぎ、その権力が形骸化していくなかで、各国の内部では君主と貴族の間で政治・権力闘争が頻発するようになっていた。これらの事例の記録は『史記』『春秋左氏伝』などに多くある。「孫子」を著した孫武が仕えた君主である呉王闔閭なども、先の王であった僚を弑逆して君主の座を簒奪している。この事件が起きたとき、僚に仕えていた将軍たちは軍を率いて楚の国へと外征中であったが、彼らは呉へ戻ることもできなくなり楚の軍門に下っている。


当時、将軍として国に仕えることは、その身分が安定していたとはいえず、常に権力闘争に巻き込まれる可能性があった。たとえば、自らが忠誠を誓う君主がクーデターにより失脚し、新しくその座に就いた君主がそれまでの将軍を粛清するといったリスクなどがあった。特に外征中の将軍となれば、本国を遠く離れている分だけその内情に疎くなり、そうした不利を抱えたまま外征に勝利することを求められた。こうした環境下ではただ戦争に勝利することだけに全身全霊を捧げるわけにはいかず、常に本国のことに気を配りながら、自身の名誉と保身を図らねばならなかった。


他方で、君主の立場からは将軍が常に不安と不信を抱き、戦いの勝利に全力発揮ができない状態を放置しておけば、勝利へのハードルが高まり困難となる。また、将軍が知らぬところで君主の座を脅かしかねない貴族などに秘密裡に忠誠を誓っているような事態が起きていれば、将軍が武力を実働させる能力を有しているが故に、これもまた座視できないとリスクとなる。「孫子」はこうした事情を踏まえた上で、君主と将軍の間にある関係、政治と軍事の関係を、大局を見るべく君主の立場に配慮して著している。


なお、これまでに述べた第1と第2の特性は、現代にも通じる部分がある。たとえば、国際連合といった機構は、その常任理事国の拒否権にまつわる構造的な問題を長年解決することができずにおり、政治的、経済的、軍事的な各種の問題や紛争などを十分に解決する能力を備えているとはいえない。現代の200近い数となった国家は、春秋戦国時代の諸侯が多数のなかで共存していくことを求められたように、それぞれが政治思想、国家・社会体制、経済構造、国力、地政学的条件などに応じて、中立、同盟、連合、非同盟などの立ち位置を決めている。また、春秋戦国時代ほどには血生臭くはないかもしれないが、政治が権力闘争を孕むものである体質に大きな変化はなく、実力主義、能力主義を標榜される現代においては、権力闘争は競争という名に代わりそれが熾烈なものにもなっている。「孫子」の時代と現代ではこのように類似する部分があり、これが国家や個人にとって「孫子」を研究するに必要な理由でもある。


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(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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