「孫子」第9回 第1章 兵法書「孫子」について(7)

第3節 その思想的背景 ③


「孫子」の現実主義について触れたい。「孫子」は戦場における用兵について次のような原理原則を提示する。


「用兵の法は、十なれば則ち之れを囲み、五なれば則ち之れを攻め、倍なれば則ち之れを分かち、敵すれば則ち能く之れと戦い、少なければ則ち能く之れを逃れ、若かざれば則ち能く之れを避く」(謀攻篇)
(訳:戦争の原則は、味方が10倍なら敵軍を包囲し、5倍ならば攻撃し、2倍ならば敵軍を分断して攻撃し、対等なら力戦し、少なければ退却し、力が及ばなければ逃避する)


こうした考え方はわかりやすいが、問題は「敵すれば則ち能く之れと戦う」の段階にある。実際の戦場においては情報不足、誤認、錯誤、といったものがついて回る。どれほどのエネルギーを注いで情報収集したところで、敵に関する情報を100%正しく入手できるといったことはない。特に敵の企図、意志、士気などについては実態を解明するのはまず容易ではない。こうした不透明で不確定な要素と向き合わなければならない現実の戦争においては、「兵は拙速なるを聞くも、未だ巧の久しきをみざるなり」(作戦篇)として、徒に武力戦を長引かせることを回避し、短期戦を説く部分へと結びつく。


「兵士甚だしく陥れば、則ち懼(おそ)れず、往く所無ければ則ち固く、入ること深ければ則ち拘し、已むを得ざれば則ち闘う」(九地篇)
(訳:兵士はあまりにも危険な状況に陥ればかえって腹がすわり、逃げ場がなくなれば心も固まり、敵地に深く入り込んだ場合は団結し、戦わざるを得なくなれば必死で戦うことになる)


また、「孫子」はこのように述べ、情報活動の困難とその情報についてまわる不完全さを踏まえて、戦闘実行に際して楽勝は期待せずに、兵士に死力達成を求めるといった極めて厳しい現実主義を採用している。理想主義と現実主義を矛盾するかのようにも思えるが、見積もり・計画・準備段階における可能性を最大限に高めるための理想主義、戦闘実行段階での現実主義というのであれば、これはむしろ戦争の本質を深く考察した結果である。


「孫子」の創造主義についても触れたい。『竹簡孫子入門』の「はじめに」で述べているように、「孫子」は未来の事象とは常に新しいものであると捉え、そのために常に新しい処置対策を創造していくことが必要だと考えた。未来予測のために過去の経験だけに依ることを良しとせず、「事に象るべからず」とした。そして、「其の戦いに勝つも復(くりか)えさずして、形に無窮に応ず」(実虚篇)とし、仮に一度は成功した手段・方法であっても、繰り返し用いることなく、あくまでもその場の状況に応じた適切かつ柔軟な処置対策を創造するべきだと強調している。このことは一つの手段・方法で成功を重ねているほどに、その陥穽から逃れるのは難しく、それまでの成功体験に依ってパターン化し、最後の一戦に敗けるといったことに繋がる。このことを戒めているのが「孫子」の持つ創造主義である。


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(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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