「孫子」第16回 第3章 「戦力論」(4)

第3節 一般的動的戦力


一度戦争が勃発してしまえば、これまで論じてきた静的戦力の状態では、戦場ではほとんど意味を持たないことになる。戦場で敵軍と戦闘を交えているなかで、撃破する力を発動し戦争を勝利へと導くのは動態化された戦力、つまりは動的戦力である。少し古い事例となるが、ベトナム戦争を想起してみたい。結果は北ベトナムが勝利して南北統一といった目的を達成し、アメリカは敗北し南ベトナム政府支援をあきらめて撤退をした。静的戦力を含めて俯瞰すれば、アメリカが圧倒的な優位にあったが、戦争の勝利を決めたのは戦場における動的戦力であり、北ベトナムのゲリラ戦法が局地的に優勢に立ったことによる。「孫子」は、静的戦力を動態化していくことについて、次のような一文で言及する。


「計、利として以て聴かるれば、乃わち之れが勢を為して、以て其の外を佐(たす)く。勢とは、利に因りて権を制するなり」(計篇)
(訳:戦争をしなければならない事態が起こった際、まず五事七計によって静的戦力を比較し、わが方が優勢であるとなれば戦争を起こしてもよいが、次には静的戦力に「勢」の要素を加えて、これを動態化するのである。「勢」とは、その場その場の利によって動きを作り出すものである)


続いて「勢篇」に次の文がある。


「善く人を戦わしむるの勢い、円石を千仭の山に転ずるが如くなる者は、勢なり」
(訳:巧みに人を戦わせる有様が、円石を千仭の山から転落させるようにするのが「勢」である)


このたとえを静的戦力と動的戦力に適用して説明をすれば、この千仭の山の上にある状態の円石が静的戦力であり、転落していく円石は動的戦力ということになる。山の麓を歩くときに、見上げると山の上に巨大な円石が鎮座していて、それが自分に向かって転落してきかねないと思えば、そのリスクを避けて多少遠回りでも迂回を考える。いうなれば、これが静的戦力の発揮する効果であるが、他方で、この円石が転落してくることはまずないと判断されれば、迂回などはしないことになり、これがまた静的戦力が直面する限界でもある。


円石が一度転落をすれば、その近くを通行する人間にダメージを与えるが、これが動的戦力であり、この静的戦力を動的戦力へと変化させていく要素が「勢」の表現である。そもそもの静的戦力の規模も重要であるが、「勢」を発揮させるときの工夫次第では動的戦力のエネルギーは何倍にもなる。ただし、その「勢」がついて転落していく円石の経路があまりに明らかであれば、それを回避するのは容易となり、動的戦力として敵を撃破する効果を期待するものとしては不十分となる。


***

(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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