「孫子」第17回 第3章 「戦力論」(5)

第4節 相対的動的戦力


敵も味方も互いに自由意志を持ち、能力、企図、意志を探りあい、必死の衝突をするのが戦争である。「孫子」は、敵への情報収集を行って判明した状態に応じて、味方の動的戦力を有効に投入するための要諦に言及する。


「水の疾くして石を漂すに至る者は、勢なり。鷙鳥の疾くして毀折に至る者は、節なり。故に、善く戦うものは、その勢は険にして、その節は短なり。勢は弩を彍(ひ)くが如く、節は機を発するが如し」(勢篇)
(訳:水が激しく流れて石を押し流すのが勢である。強い鳥が激しく飛びかかって餌食の骨を砕くようなのが節である。だから巧みに戦う人は、その勢は険しく、その節は短切である。勢は弩を張るときのようで、節は引き金をひくときのようである)


たとえば、敵がある地点に向かって進軍しているとして、そこへ攻撃をしかけるのが有利であるならば、敵がそこに到達したタイミングを捉えて一気呵成の攻勢をかけることになる。このタイミング、時機が「節」であるが、これを受け身でもって待ち構えるだけでは十分ではなく、現実には敵が進軍速度、経路、方向などを変更する可能性も常にある。したがって、敵が当初の目標地点(味方が攻勢をかける地点)に進行するよう仕向けるために能動的な処置対策を発動しなければならず、これは戦略・戦術の範疇となる。なお、敵の行動を制御・統制するための行動のことを「孫子」は「詭道」なる用語で説明している。


「兵とは詭道なり。故に、能くして之れに能くせざるを示し、用いて之れに用いざるを示し、近くとも之れに遠きを示し、遠くとも之れに近きを示し、利なれば之れを誘い、乱なれば之れを取り、実なれば之れに備え、強なれば之れを避け、怒なれば之れを僥(みだ)し、其の備え無きを攻め、其の不意に出ず。此れ兵家の勝ち、先には伝う可からざるなり」(計篇)
(訳:戦争は異常な事態であるから、あらゆる術策を講じなければならない。そこで、能力があれば能力がないように見せかけ、戦争の準備をするならしないように見せかけ、近づけば遠く見せかけ、遠ければ近く見せかけ、敵が有利な態勢なら不利な方向へ誘い、乱れていればその機に乗じて奪取し、充実しておれば防備し、強ければ避け、心がたかぶっておれば攪乱したりして、敵の防備のないところを攻め、敵の不意をつくのである。これが兵学者のいう勝利の方法であるが、状況に応ずる臨機応変の策であるから、あらかじめ決めつけておくことはできない)


「孫子」の詭道は、戦場などの局地に限らず、戦略レベルを含めた広い範囲にその概念が適用されている。なお、詭道の「詭」はあざむくといった意味合いがあるので、このことでもって「孫子」が古来より一部では忌み嫌われてきたのも事実だ。確かに「孫子」は詭道を正面から主張もするが、同時に「五事」を論じたところで触れたように「道」といったことについても言及しており、現実主義と理想主義を両立させようとの苦心が見て取れる事実にも留意しておきたい。強い力を持った上で「道」を保ち、道義をならして外交によって政治目的を達成するべく努めつつも、必要に応じて戦略レベルで「詭道」を用いて「不戦屈敵」を図る。それが難しくいよいよ「用戦屈敵」に訴えるとしても、やはり「詭道」を駆使することで早期に武力戦に勝ちを収めてエンドステートへと持ち込む発想が基本にあった。


このように「詭道」を尽くして、味方の部隊が特定の時期と場所において敵の部隊と交戦をするとき、その戦力は相対的動的戦力である。これは「五事」などによって構成された静的戦力を基盤として、指揮統率を担う人材などの指導力によって「勢」が付加され、詭道による戦略、戦術に基づいて投入を受け、「節」といったタイミングを十分に図って運用されている戦力ということになる。静的戦力が当初より大きいほどに戦略的に優位であり、そうあることが理想ではあるが、それが相対的動的戦力へと変換されていく中の工夫按排の巧拙によっては、そのパワーとしての大小も変わることになり、それが戦争に複雑さを孕ませることになる。


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(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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