「孫子」第20回 第4章 「戦略論」(3)

第3節 自保全勝 不敗の優先


「目的論」のなかで国家の政治目的について言及した際に、それを生存と繁栄の区分にわけて、生存の確保を第1義、繁栄の追求を第2義として扱った。「孫子」は多数存在する国家が共存していくなかで、互いが政治目的を追求していけば衝突が起こるのは常であり、戦争がその解決のための一つの形態であることを踏まえている。その上で「不戦」によって「屈敵」するべく指向するが、この中には勝つことの追求よりも、負けないための在り方を重視する姿勢がある。これは、「不戦」がならず「用戦」となった場合でも、やはり戦争に勝つことの追求以上に、負けないことへの配慮が強いといえる。


「昔の善き者は、先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ」(形篇)
(訳:昔の戦争の巧みな者は、まず負けない態勢を整え、その上で敵が敗れる態勢を作る機会を待った)

「故に、善き者は、不敗の地に立ち、而して敵の敗を失わざるなり」(形篇)
(訳:だから戦争の巧みな者は、不敗の立場に立って、その上で敵が敗れる態勢となった機会を逃さない)

「故に、能く自ら保ちて勝ちを全うするなり」(形篇)
(訳:だから、我が安全を保障して、しかも完全な勝利を獲得することができるのである)


これら3つの文章からは、自国・味方の安全の確保といったものを、敵国・敵軍を撃破・撃滅することよりも優先しているようにみえる。このことは「孫子」が武力戦の在り方に消極主義を唱えているように解釈できないこともない。ただ、「孫子」は戦争と戦闘を区別して考察しているのであり、次章の「戦術論」で改めて取り上げるが、具体的な戦闘において孫武が提唱するのは、味方野戦軍を敵地に深く進攻させ、敵野戦軍を一気呵成に撃破する在り方で、そのときに味方の戦闘力を最大限に引き出すために、将兵をあえて逃げ場のない死地で戦わせる方法など苛烈な積極主義である。戦争全体については慎重でありながら、戦闘においては大胆といったものが「孫子」の基本的な態度である。


戦争全体では自らを保つ「自保」を優先とし、国家の生存こそが政治目的の第1義であることを失念しないように様々な箇所でそれを含める「孫子」が、全体において自国が負けないための「不敗の態勢維持」に重き置いた理由は2つ考えられる。1つ目は次の文にある。


「勝つ可からざるは己れに在るも、勝つ可きは敵に在り」(形篇)
(訳:不敗の態勢を作るのは自分ですることであるが、勝てる態勢というものは敵が作り出すものである)

「故に善き者は、能く勝つ可からざるを為すも、敵をして勝つ可から使むること能わず」(形篇)
(訳:だから戦争の巧みな者は、不敗の態勢を作ることはできるが、敵に、自ら負ける態勢を作らせることはできない)


これは、自らが主体性を保ちながら不敗の態勢を構築することは可能であるが、敵を撃破するのは、敵が主体性をもって行う攻勢のなかでの失点に付け入るといった側面があり、自らの主体性だけでは限界があるといったことである。もう1つの理由は次の文にある。


「勝つ可からざる者は守、勝つ可き者は攻なり」(形篇)
(訳:不敗の態勢とは「守り」であり、敵を撃破するのは「攻め」である)

「守は則ち余り有ればなり、攻は則ち足らざればなり」(形篇)

(訳:「守り」とは余力のあるものであり、「攻め」とは余力のないものである)


これらからは、「守り」、不敗の態勢を構築することが、「攻め」、攻勢を重んじるよりも有利に戦争を展開できると考えていたことが伺える。なお、この一文は「竹簡孫子」が「現行孫子」(「魏武注孫子」など)と大きく異なる部分である。「現行孫子」において、この一文は「守るは則ち足らざればなり。攻むる則ち余りあればなり」(訳:戦力が劣勢だから、守備にまわり、戦力が優勢だから、攻撃する)となっている。これは意味合い自体はシンプル故に理解しやすいが、「竹簡孫子」の一文のほうが孫武のオリジナルの考え方に近いといえる。守りにおいて敵の戦力を十分に損耗させ、時機をみて攻撃・攻勢へと転移して敵を撃破・撃滅するためにも、不敗の態勢をつくることに重きを置いたのである。


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(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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