「孫子」第28回 第5章 「戦術論」(7)

引き続き「人に致されず」、主導権や主体性を敵に奪われないようにする視座について続ける。「孫子」はその第3の要点として、味方が無理を避け、無理をすることで生じる弱点を作らないように言及する。


「少なければ則ち能く之れを逃れ、若かざれば則ち能く之れを避く」(謀攻篇)
(訳:我が戦力が敵より少なければ退却し、敵に及ばないならば逃避する)

「実を避けて虚を撃つ」(実虚篇)
(訳:敵の充実している所を避けて、敵の弱みのある所を撃つ)

「其の鋭気を避けて、其の惰帰を撃つ」(軍争篇)
(訳:敵の鋭い気勢を避け、敵の気勢が衰え尽きた所を狙って撃つのである)

「鋭卒には攻むること勿かれ、窮寇には迫ること勿かれ、丘を倍(せ)にするには迎うること勿かれ、(中略)師を囲むには闕を遺せ、帰師には遏むること勿かれ」(軍争篇)
(訳:鋭い気勢の敵兵は攻めてはならず、進退きわまっている敵を追いつめてはならず、高地から攻め下ってくる敵を迎え撃ってはならず、(中略)敵兵を包囲したら逃げ道をあけておき、帰国を急いでいる敵を遮ぎってはならない)


これらすべては無理な戦闘を回避するべきだと示している。そのなかでも特徴的なのは「孫子」が包囲殲滅や追撃といったものに対してあまり積極的ではないところだ。味方が優勢であっても無理をすれば途端に劣勢になり、主導権を失いかねないことを戒めているともいえる。また、それは敵の包囲殲滅や追撃を試みることが、武力戦の行動目的ではなく、戦争の政治目的に叶うかどうかを冷静に考えさえる一拍として捉えてもよいかもしれない(敵の殲滅よりも、敵の意志を挫けば事が足りるといった考えが基本にある)。なお、孫武の時代においては技術的にも複雑な機動を伴う追撃が難しかったという事情もまた考慮しなければならない。

「人に致されず」の第4の要点としては、敵の詭道である欺瞞などに騙されないようにするといったことにある。


「佯(いつ)わり北(に)ぐるには従うこと勿かれ」(軍争篇)
(訳:我を誘ういつわりの退却にのせられて追撃してはならない)


軍争篇に「兵は詐を以て立ち」とあるように、武力戦、戦闘は敵と味方の知恵比べとしての側面がある。互いに騙し合い、出し抜き合い、その上で優位を得ようとする。味方が敵の詭道を看破できなければ、主導権も主体性も保持が難しくなる。


第5の要点としては、作戦・戦場での機動上、味方部隊の行動を拘束するような地形には可能な限り留まらないようにし、行動の自由を奪われないようにすることである。孫武はそうした障害地帯に、峻厳な地形、河川、沼沢地、森林、などを挙げる。なお、現代戦においては大都市などもこれに含まれる。市街地戦闘はやがて将兵を分散させられ、組織戦闘力が制限され各個撃破を被りやすい。


第6の要点としては、機動力において敵よりも優れていることである。

「退きて追う可からざる者は、速かにして及ぶ可からざればなり」(実虚篇)
(訳:我が方が後退した場合に、敵が有効な追撃ができないのは、我が方のスピードが速いために敵が追及できないからである)


ここでは後退行動について触れているが、攻勢の際においても敵に優る機動力を持つことが肝要なのは言うまでもない。後退行動の際、味方の部隊は敵部隊に対して背を見せるような格好になり、適度に交戦しながら後退するにしても戦闘力の発揮は制限される。したがって、心理的には受動に立ち、下手をすると部隊に不安と動揺が伝播しパニックを起こしてバラバラに遁走をしかねない。古来、退却や後退を巧みにできる軍隊は精強であることの証明でもあるが、これを可能とするのは指揮官の能力、部隊の士気、厳格な規律、適切な部隊配置(たとえば殿(しんがり)部隊の選抜)といった条件が求められる。これらとは別で必須になるのは、敵よりも優れた機動力でもある。


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(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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