「孫子」第29回 第5章 「戦術論」(8)

第6節 斉勇若一 超人的力の活用


孫武はこれまでに述べてきたように、「不戦屈敵」を基本とし、「用戦屈敵」に至るにしても「已に敗るる者に勝つ」(形篇)、「勝ち易きに勝つ」(形篇)といった戦い方を追求する。相対的な優劣が戦いを左右することから、味方が優、敵が劣となるための方法・手段を全篇にわたって論じている。


そうしたなかで、軍隊が戦場で戦闘力を十分に発揮させるための要として、「孫子」は「勇を斉(ととの)えて一の若(ごと)くす」という考えを挙げる。これは、全将兵に勇気を伝播させ、さらに一致団結によって組織的戦闘力を発揮させることである。一戦場において味方と敵の戦力差があまりにもかけ離れていれば、激戦が長きにわたって続くことはまずない。他方で、味方と敵の戦力差が伍しており、その相対的な優劣がみえない状態では激戦が予想される。ここに至っては「能く之れと戦い」といい、あらゆる手を尽くし死力で勝ち目を拾いに行くことを要求する。


そのために組織的戦闘力の絶対量を底上げすることを提起するが、兵力数などの増強が期待できないなかでは、無形戦闘力でもある「勇を斉えて一の若くす」に重きを置くことで、敵に対して優位に立つ必要を説く。


「兵は、多きを益ありとするに非ず。惟だ武進すること無く、力を併わせ、敵を料ることを以て、人を取るに足らんのみ」(行軍篇)
(訳:戦いは、兵力が多ければよいというものではない。ただ猪突猛進するのではなく、我が戦力を集中し、敵情をはかっていくならば、敵を撃破することができよう)


このための第1の具体的な手段として、大勢の将兵で構成される部隊が実戦においてコンパクトに機能するための組織化を図っておくこと、加えて、その組織から余計なものを削ぎ取り、戦いに勝つことを第一義として運用可能な統制方法・マネジメント方法を整えておくことに言及している。


「衆を治むること寡を治むるが如くなるは、分数是れなり。衆を闘わしむること寡を闘わしむるが如くなるは、形名是れなり」
(訳:多数の兵士を治めるのに、少人数の兵士を治めるように整然とできるのは、巧みな組織化のおかげである。多数の兵士を戦わせるのに、少人数の兵士を戦わせるように整然とできるのは、巧みな統制法のおかげである)


第2には、普段から規律が保たれる文化があり、加えて、必要な訓練がきちんと実施されていることを挙げる。

「法令孰(いづ)れか行なわるるや、兵衆孰れか強きや、士卒孰れか練いたるや、賞罰孰れか明らかなるや」(計篇)
(訳:法令はどちらがよく守られているか、兵器や人員はどちらが精強であるか、兵士はどちらが練達度が高いか、賞罰はどちらが公明適切に行われているか)


なお、孫武はやむを得なく「用戦」となったとき、武力戦が所詮は殺し合いの場所であることを冷静に踏まえた上で次のようにいう。

「敵を殺す者は怒なり」(作戦篇)
(訳:敵を殺すのは、怒りふるいたった気勢によるものである)


戦略レベルでは敵国や敵軍が軍事力に訴えてくる意志を翻意すればよく、そのための「不戦」によるあらゆる策を追求する「孫子」であったが、実際の「用戦」においてはいかに効率的に戦闘力を高めて敵を殺傷していくかを追求する。そのため味方の将兵に激しい感情を持たせ、それによって恐怖を打ち消し、敵を撃破していくための精神作用として「怒」を挙げる。


***

(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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