「孫子」第34回 第6章 「管理論」(4)

第5節 組織化と統制の手段


「孫子」の勢篇冒頭に次の文がある。

「衆を治むること寡を治むるが如くなるは、分数是れなり。衆を闘わしむること寡を闘わしむるが如くなるは、形名是れなり」(勢篇)
(訳:多数の兵士を治めるのに、少人数の兵士を治めるように整然とできるのは、巧みな組織化のおかげである。多数の兵士を戦わせるのに、少人数の兵士を戦わせるように整然とできるのは、巧みな統制法のおかげである)


孫武は武力戦に臨む前に軍隊が組織化をしっかりと為していること、また、武力戦に入ってからもその組織化の変容には柔軟であるべきとすることを別でも述べた。今日では前者は軍隊の「編制」であり、後者は部隊の「編成」といった概念が近い。孫武が軍隊を組織化していく際に、それをどのような単位で捉えていたかについては次のような文がある。


「国を全うするを上と為し、国を破るは之れに次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るは之れに次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之れに次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之れに次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之れに次ぐ」


この文の中の「軍、旅、卒、伍」というのは軍隊(部隊)の編成単位である。なお、ここでは触れられていないが、「軍」と「旅」の間には「師」があり、「卒」と「伍」の間には「両」という単位が存在していた。伍は、兵士5人、両は25人、卒は100人、旅は500人、師は2,500人、軍は12,500人を定員員数として構成していたとされる。なお、現代においては、「軍」、「師団」、「旅団」などの単位が軍事用語として使われている。


また、作戦篇のはじめに「馳車千駟、革車千乗、帯甲十万」といった表現が出てくる。この「馳車」とはいわゆる「戦車」を指し、馬4頭曳きの馬車に兵士3名が搭乗し、操縦担当、戦闘担当、指揮担当といった役割に分けられ、この戦車一両に72名の兵員が付き従い合計で75名によって構成された。「革車」は「輸送車両」を指し、12頭曳きの牛車で、炊事担当10名、被服担当5名、牛馬担当5名、燃料(薪)給水担当5名の合計25名からなる後方要員が帯同していたとされる。したがって「馳車千駟、革車千乗」の部隊になれば、戦闘員75,000名、後方要員25,000名の合計「帯甲十万」に達する。ここまでは判明しているが、「馳車」に付き従う72名の戦闘員が「伍、両、卒」といった細かな単位で編成されていたのかは判然としていない。


「春秋左氏伝」の昭公元年(前541年)において、晋の国の軍隊が「戦車」を運用して戦った事例が出てくる。会戦地点の地形が戦車の運用にはあまり適しておらず、仕方なく戦車5両、各車3名の戦闘員で合計15名により戦ったとある。このなかでは付き従うはずの72名の兵員は出現していない。ここから、戦車1両(搭乗員3名)と兵員72名は固有編成であったが、地形などの条件に応じて臨時編成を行い戦車のみで戦ったという考えと、それとは別でこの戦車に従う72名はもともと戦闘員としてカウントされる存在ではなかったとの考え方がある。この時代、戦車と歩兵の協同がどの程度あったのかを具体的に知るのは難しいが、1つ確かなことは、地形などの制約条件によっては部隊を柔軟に編成して戦闘に臨んでいたということだ。


孫武が生きた時代の組織や部隊の統制方法は、科学技術が進んだ今日と比較すれば原始的なものに留まる。特に戦場における統制の手段は「太鼓、鐘、旗、狼煙、号令、伝令」といったものになる。一度戦端が開かれたら敵味方が互いに死力を尽くして戦うことになるのが軍隊の運命であり、組織化してきた部隊をいかに統制して戦闘力を発揮し続けるかが勝利の鍵であり、そのために可能で有効と思われる手段を複数用いるべく努めたといえる。この本質は現代戦においても同様であり、軍隊における組織化と統制、特に戦場における統制の在り方については研究が続き新しい技術のもとで発展を続けている。


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(本文は河野収氏『竹簡孫子入門』の要約を基本とし、読み下し文・訳文はオリジナルから引用しておりますが、それ以外の本文は全て新たに書き換えております。また、必要に応じて加筆修正、構造の組み換え、今日適切と思われる用語への変換を行っております。原著『竹簡孫子入門』のコピーとは異なります。)


筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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