兵とは国の大事なり~戦略の業~ 【第6回】 「ウクライナ戦争で「軍事ブロガー」たちが報じることの意味と『戦争論』の論理」

・外れてしまった有名エコノミストの「予言」

21世紀の初頭、エコノミストの長谷川慶太郎が新たな世紀の展望を当人の著書の中で語っていた。21世紀の来るべき世に楽観的な見通しを述べながら、同じ文脈の中でクラウゼヴィッツの『戦争論』を取り上げ、その価値を「完全に過去の「古典」としてのみ評価されるべきものに変わる」とし、『戦争論』が論じる内容は繰り返されることはないと喝破していた。この「予言」は残念ながら外れてしまい、ロシアはウクライナへと侵攻して『戦争論』が論ずるような古典的な戦争が起きることになった。『戦争論』で論じられる政治的事情や政治的動機から引き起こされる戦争、他の手段をもってする政治的交渉の遂行である戦争は変わらずに存在している。


・ロシアとウクライナの政治レベルの膠着

間もなく3年半が過ぎようとしているウクライナ戦争、和平・停戦に向けたトランプ大統領からプーチン大統領への働きかけもうまくいっているとはいえず、米国は8月上旬までにロシアが停戦に応じなければ追加制裁を実行するとされる。さらに米国はロシア近海への原子力潜水艦派遣の可能性へと言及して圧力を強めている。よく報道されるがロシアは現在もウクライナへ北大西洋条約機構(NATO)加盟の断念と軍事力の制限、ロシアが併合を宣言したウクライナ東・南部4州からのウクライナ軍撤退を要求している。ウクライナはこれらの条件を受け入れ不可としており両者の外交は膠着状態にある。


・日本語ではあまり報じられない最前線

ところで、日本の新聞報道ではあまり論じられない前線の状態はどうなのだろうか。ウクライナ戦争が勃発した当初は随分と報道されていた軍事情勢も最近では詳細が報じられることが少なくなった。くわしい理由は知らないが、元々日本のメディアは軍事情勢や最前線を報道することに積極的ではないようだ。外国紙は相当に詳細な報道を継続しており、ワシントンポスト紙(WaPo)の記事などを読んでいると(最近はAIが自動読み上げをしてくれるので聴くことが多い)、前線の状態や兵士の声なども拾い上げて記事にしているものが結構ある。


・ロシアの軍事ブロガーの主張に目を配っている記事

たとえば、6月30日付のWaPo記事では、「ロシア軍は人員と装備の面でウクライナに対して大きな優位性を持っているが、その進軍は遅れている。ロシアの軍事ブロガーたちは、その原因を軍内の汚職文化にあると非難している」とし、「ロシアは東部ウクライナで夏の攻勢を開始し、人員、砲弾、ミサイルの優位性を活かしてじわじわと前進している。今後数カ月は、プーチン大統領がキーウ(キエフ)に降伏を強いるための重要な時期となる。 しかし、・・・その遅さが際立っている。専門家によると理由は、ロシア軍の現状にあり長年の問題にある」とする。

この記事の中盤では独立系のロシア人軍事アナリストの言葉として「今のロシア軍が使える戦術は大規模な突撃しかありません。そしてこれは非常に非人道的です。というのも、実際には人の命と引き換えに領土を得ようとしているからです。今のロシア軍には兵士はたくさんいますが、彼らは訓練を受けていません。」という発言を引用する。更には、「ロシアの軍事ブロガーが伝えているものとして、ロシア軍の文化に深刻な問題があり、それらは村を制圧したと虚偽の報告をする将官、兵士の生存を顧みずに“肉弾攻撃”に送り込む指揮官、前線での輸送・補給の不備によって死亡する負傷兵の例などがある」と報じている。


・クラウゼヴィッツの喝破した「戦争の手段から政治への圧迫」の意味

もちろんロシアの軍事ブロガーたちの主張がどこまでが正確であるかの評価には常に難しい部分が伴うだろう。だが、こうした主張を反映した記事は、先に述べたプーチン大統領が要求しているウクライナのNATO加盟の断念と軍事力の制限、東・南部4州からの撤退といった「政治目的」に対して、そのための手段としている戦争の実態を知らせてくれることになる。その上で、ロシア大統領の要求が果たして釣り合っているかも考えさせてくれるともいえる。

なお、クラウゼヴィッツは『戦争論』において、戦争の様相や状況の変化に翻弄されて政治目的が圧迫されるような事態を論じており、そこでは「政治的目的は、だからといって専制的な立法者ではなく、手段の性質によく適合しなければならない。また、戦争という手段の性質によって、政治的目的がしばしばまったく変質することもある」と述べている。さらには、「講和を結ぶ要因として、既に損耗した戦力と今後損耗するであろう戦力に対する考慮がある。戦争は考えなしの激情の行為ではなくて・・・」(いずれも「レクラム版」より)これらの文脈は政治レベルの交渉を知ると同時に、最前線の状況についても知ることの大切さを示唆しているとも思うのだ。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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