2024年秋季講座(明治大学リバティアカデミー)『教養としての戦略学「戦略論・戦略思想と経営学・ビジネス戦略を「越境」して考える~軍事領域とMBA的領域の比較~」』

第5回 「現代の戦略」とビジネス知性全般との比較を行ってこれまでを総括する
 要約(24年12月19日実施)


・リデルハート以降の戦略(第二次大戦後の戦略論)

本講義では、リデルハート以降、すなわち第二次世界大戦後の戦略論について概観し、その後これまでの内容を振り返りつつ戦略という概念の本質を再考した。戦後の戦略思想は、1945年の原子爆弾使用以降、核兵器の登場によって大きな変容を遂げた。核戦争は甚大な被害をもたらすため、仮に勝利しても政治目的には適合せず無意味であるとの認識が広まった。そのため戦略論は、核戦争の遂行方法よりも核抑止の理論を中心に発展してきた。核抑止は、相手の心理に作用を及ぼし行動を抑制することを目的とするが、理論的には均衡が成立しても、現実の国際政治において妥当性を持つかどうかは常に議論の対象となってきた。さらに、全面的核戦争に至らない形での戦術核兵器の使用可能性も追求され、戦略核と戦術核の区分が提起されたものの、その境界は不明確であり、現実的な適用には疑問が残る。いずれにせよ、核兵器は戦略論を考える上で避けて通れない要素であり、今日に至るまで国際安全保障における重大な課題となっている。


・エドワード・ルトワックの「戦略の逆説的論理」

第二次世界大戦後の戦略思想を論じる上で、エドワード・ルトワックの「戦略の逆説的論理」は重要な位置を占める。ルトワックは、戦略とは合理的な選択が必ずしも最良の結果を導くわけではなく、むしろ敵の予測を外すことが勝利につながる場合があると説いた。彼の有名な例として、目的地へ向かう際に「近くて良い道」と「遠くて悪路」があるならば、合理的に考えれば前者を選ぶが、戦争状況では敵がそれを予期して防備を固めるため、逆に悪路を進む方が有利になる可能性があるという。ここに戦略の逆説性が現れるのである。

この発想は、軍事行動が必ずしも合理的直線的に進むとは限らず、敵味方双方の読み合いや錯誤によって予期せぬ結果に転化するというクラウゼヴィッツの「摩擦」の概念に近い。また、敵を出し抜くことを重視するリデルハートの間接戦略や、孫子の「戦わずして勝つ」といった思想とも一定の共通点を持つが、ルトワックは特に時間の経過によって勝利が敗北へと転じる可能性を強調した。ナポレオンが初期には破竹の勢いで勝利を重ねながらも、戦法が模倣され補給線の限界により最終的に敗北した事例は、その象徴である。

さらにルトワックは、この逆説的論理が「水平的」(戦略の同一位相内での転換)および「垂直的」(戦略レベルから戦術・作戦・大戦略に至る位相間での相互影響)の双方に存在すると述べた。すなわち、戦術の結果が作戦や戦略を制約し、さらには大戦略そのものを変質させることがあり得るのである。この点で彼の議論はクラウゼヴィッツやリデルハートと通じる部分を持ちながら、より抽象的かつ時間的な視点を加えたものと位置づけられる。

またルトワックは軍事戦略とビジネス戦略の比較には懐疑的であり、両者の根本的相違を強調したが、講義ではその逆説的論理が企業活動にも応用可能であることを指摘した。すなわち、合理的な拡大戦略が必ずしも成功につながらず、環境や競合の反応によってむしろ失敗へと転じることがある点で、軍事とビジネスは共通の示唆を持ち得る。


・コリン・グレイの「戦略位相」

コリン・グレイは、エドワード・ルトワックを継承しつつ戦略理論をさらに展開した戦略家であり、戦略を17の要素と位相に基づいて体系化した。彼の理論は国民、社会、文化、政治、倫理など多様な側面を網羅しており、戦略を複雑な相互作用を持つシステムとして捉えた点に特徴がある。ただし、その網羅性があまりに広範であるがゆえに、逆に戦略論として抽象的・包括的に過ぎるとの批判も存在する。

グレイは「戦略の本質は不変であるが、戦争ごとに位相の重心が変化するため、戦略のアプローチは変わり得る」と主張した。つまり、ある要素が弱くても別の要素で補うことが可能であり、これにより非対称戦争の発想が導かれる。他方で、同一の方法やドクトリンは時間の経過とともに敵に学習・克服されるため、永続的な優位は保証されないことも強調した。

さらに、グレイは戦略を「政策目的のために力、あるいは力の威嚇を用いること」と定義し、軍事力を政治目的に結びつける架け橋として位置づけた。すなわち、戦略は目的と手段の合理的な関係性の中に成立するものであり、軍事はあくまで政策を達成するための手段に過ぎないとする立場である。

現代の戦略論は、グレイの理論に見られるように、多様な要因の複雑な絡み合いを前提とせざるを得ず、その「複雑性」こそが第二次世界大戦以降の戦略を特徴づける要素となっている。


・現代戦略(軍事)とビジネス戦略の接点

現代の戦略論は軍事とビジネスの双方に共通する課題を抱えており、その有効性は対象が「難解さ(complicated)」か「複雑さ(complex)」かに大きく依存すると指摘される。難解さとは、構成要素が多くても因果関係が明確で合理的に予測可能な状態を指し、この場合には戦略を目的と手段の合理的関係として追求できる。他方、複雑さとは要素間の相互作用が非直線的に増加し、結果を予測できない状況を指す。ビリヤードのブレイクショットやウイルスの拡散、金融危機などがその典型例であり、アフガニスタンやイラク戦争後の不安定な情勢もこの複雑性に基づく現象といえる。

マクリスタル退役大将の著書『Team of Teams』は、この複雑性に対応するためにはトップダウン型の階層的指揮系統では不十分であり、チーム単位に権限と裁量を分散させ、越境的かつ柔軟に連携する仕組みが不可欠であると主張した。しかし実際には、その適応が結果的に通常戦争への備えを弱体化させ、ウクライナ戦争では米軍が弾薬やミサイルの生産能力不足に直面するなど、戦術的適応が戦略的脆弱性を生む逆説が露呈した。

ビジネス領域においても、MBA的な機能別理論は「難解さ」を前提とした合理的枠組みとしては有効であるが、複雑性を十分に取り込むことはできない。したがって、戦略を実践知として活用する際には、自らが直面している対象が難解さと複雑さのどちらに傾いているのかを冷静に見極めることが不可欠である。そうした認識を欠けば、戦略は一人よがりの机上の空論に陥る危険が高い。結論として、戦略の思考においては「難解さ」と「複雑さ」を見極めることが出発点であると同時に、最後まで付きまとう根本的課題であるといえる。


・孫子と経営戦略

第1回講義では、『孫子』を手がかりに戦略概念を整理し、経営戦略との比較を行った。孫子の兵法は合理性を前提とし、特に情報収集と分析の重要性を強調する。また、「戦わずして勝つ」ことを理想としつつ、武力戦の限界を踏まえ、短期決戦によって速やかに戦争を終結させ政治目的を追求する姿勢を示している。その際のオペレーションの要諦は速度・集中・正確性であり、戦争遂行には経済力や兵站基盤が不可欠であることも示されている。さらに、政治と軍事の関係を重視し、大戦略が下位の戦略・作戦を統制するという枠組みを提示した点は、後世の戦略論の基本原則となった。

ビジネス領域においても戦略概念は階層化されており、全社戦略・事業戦略といった区分や、財務・マーケティング戦略など機能別の応用形態が存在する。ただし、孫子が重視した「詭道(騙すこと)」は、コンプライアンスを前提とする現代ビジネスでは正面から語られることはない。この点は軍事とビジネスの大きな相違点であり、加えて軍事オペレーションが一時的であるのに対し、ビジネスオペレーションは持続的であるという違いもある。

両者に共通するのは、合理性を基盤にリソースを迅速かつ集中して投入し、確実に成果を上げることの重要性である。他方で、孫子を安易にビジネスに応用する際には「騙し」を含む兵法の文脈を無視しないことが重要であり、そうでなければ戦略論は独りよがりで断片的なものに陥る危険がある。したがって、孫子やビジネス戦略を援用する場合には、共通点と相違点を正しく理解することが不可欠である。


・マキャヴェリとリーダーシップ論

マキャヴェリのリーダーシップ論は、権力の維持に重点を置き、法と軍備を手段として用いる「上からのリーダーシップ」であった。彼の人間観は性悪説に基づき、強制力がなければ秩序は保てないという発想に立つ。一方で、何を達成するために権力を用いるのかという政治目的については明確に語らず、権力そのものを維持することが核心であった。

これに対して、ビジネス領域におけるリーダーシップ論は、ハーバードなどで用いられた知識を集めた『最前線のリーダーシップ』(書籍・ファーストプレス社)のように、組織内コミュニティにおける利害調整を中心とする。そこではトップだけでなくミドル層も重視され、上位権力者には同意や理解を求め、部下には協力を促す形でリーダーシップを発揮する。ここでいう「政治的」振る舞いは倫理的規範を前提とした限定的なものであり、マキャヴェリのリアルポリティクス的発想とは大きく異なる。

両者の相違点として、マキャヴェリが性悪説・トップダウン・強制力重視であるのに対し、ビジネス領域は性善説・分権・合意形成を前提とする傾向が挙げられる。ただし共通点として、いずれもリーダーシップがリスクを伴う行為であり、常に自己の立場や状況を俯瞰する必要がある点は一致する。

今日でもマキャヴェリの著作は読まれ続けており、ビジネスパーソンの中にも実際に参照する者は少なくない。しかしそれを公然と語ることは稀である。これは現実のリーダーシップが、MBA的な理論だけではなく、マキャヴェリ的な側面も必要としていることを示唆している。つまり、建前や理想だけでは組織運営は成り立たず、現実には両者を補完的に取り入れる必要があるということが導かれる。


・クラウゼヴィッツとオペレーション

クラウゼヴィッツの戦争論は、孫子の合理的・体系的な発想とは大きく異なり、合理性に基づく計画は必ずしもその通りには進まないという前提に立つ。戦争には摩擦や障害が不可避的に生じ、予期せぬ展開が連続するため、合理性のみでは対応できないとする点が特徴である。クラウゼヴィッツは戦争の本質を論じつつも、体系化を目的とせず、摩擦を突破するための直観を重視した。この直観は、先例、平常心、ひらめき、不屈の意志といった要素から構成され、日頃から「もしこうだったら」という仮定的思考を積み重ねることで磨かれるとされる。

ビジネス領域では、一般に合理的思考力や理論的分析に重点が置かれ、マイケル・ポーターの競争戦略のように理論を基盤とする。しかし例外的にコロンビア大学ビジネススクールでの知識を基にした『戦略は直観に従う』(書籍・東洋経済新報社)のように、実際のビジネスは直観的判断に大きく依存しているとする議論も存在する。ここにクラウゼヴィッツの直観重視の発想との共鳴点が見いだされる。

両者の相違は、クラウゼヴィッツが摩擦をリスクであると同時にチャンスとも捉え、直観によってそれを突破する道を強調する点にある。合理的戦略が崩れた際に、直観を通じて修正し価値を掴み取る力こそが重要とされた。この思考法は、AI時代のビジネスにおいても大きな意味を持つ。ChatGPTのようなツールは知識アクセスを容易にする一方で、自ら「たられば」を考えなくなる危険を孕む。戦略的思考においては、AIに依存するだけでなく、自分自身で仮定的な問いを立て、多様な可能性を検討する力が不可欠である。


・リデルハート(「間接アプローチ戦略」)とマーケティング戦略

リデルハートは孫子と同様に「戦わずして勝つ」ことを重視し、そのための方法として「間接アプローチ戦略」を提唱した。これは効率的に勝利を収めるための戦略であり、直接対決を避けて相手の弱点を突くことに重点を置く。この考え方は、ビジネス領域、特にマーケティング戦略においても受け入れやすい枠組みとして位置づけられる。企業も限られた経営資源を効率的に結びつけ、「正面衝突」を避けつつ優位性を確立することを目指しているためである。

一方で、軍事における間接アプローチは「攪乱」「牽制」「代替目標」といった要素を伴い、相手を騙したり出し抜いたりする点に重きが置かれる。つまり、敵の思考を読み解き、それを逆手に取る発想が本質的に含まれている。しかしビジネスにおいては、競合他社の経営層の思考を徹底的に読み切ることは現実的に困難であり、また企業文化的にも「敵を出し抜く」ことだけに注力する傾向は必ずしも強くない。そのため、間接アプローチがビジネスで導入される際には、この「騙す」という要素が軽視されがちである。

したがって、リデルハートの戦略はマーケティングにおいて有効である一方で、軍事的起源にある「敵を欺く」という側面を見落とすと、ビジネス戦略が独善的に陥る危険性がある。この点を意識することが、軍事戦略をビジネスに応用する際の重要な注意点である。


・総括

これまで5回にわたり「戦略」を軸に考察してきたが、戦略という用語は多義性を持つため、その概念を媒介に軍事とビジネスを越境的に結びつけることが可能である。広義に捉えれば戦略は「目的と手段の関係性」として理解でき、両領域を横断して議論することに十分意味がある。こうした越境的思考の営みは、戦略的直観を磨くための知的努力と位置づけられる。

ただし、戦略を実践的に用いる際には大きな課題が伴う。その一つは「倫理」の問題である。戦略的思考とは、しばしば敵を欺き、あらゆる手段を用いて目的を達成する姿勢を含む。しかし現実には、法規範や国際法、あるいは企業のコンプライアンスといった倫理的制約が存在し、どこまで手段を許容するかは戦略の方向性を大きく左右する。したがって、戦略思考の根底には「どの範囲まで倫理を適用するか」という判断が不可欠である。

もう一つの課題は、現代の戦略環境における「複雑さ」への対応である。要因が多様に絡み合うなかで、複雑性を見極めずに机上の理論に終始すれば、戦略は実効性を失う危険がある。従って、倫理的制約と複雑さへの洞察を踏まえ、現実に適応可能な形で戦略を構想することが求められる。

総じて、戦略は単なる理論ではなく、倫理と複雑性の狭間で判断を求められる「実践知」として捉えるべきであり、軍事・ビジネスを問わず戦略思考の本質はそこにあるといえる。

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