2022年秋期講座(明治大学リバティアカデミー)『教養としての戦略学「古典戦略思想から現代安全保障を考える」

第2回 ウクライナ侵攻から考える


要約(22年11月17日実施)

本講義の第2回は「ウクライナ侵攻から考える」を主題とし、古典戦略思想を手がかりに現代安全保障を検討した。

ロシアの侵攻は短期決戦構想に基づきながらも失敗し、摩擦や兵站能力不足が露呈した。他方ウクライナは総力をあげての抵抗を強化し、戦争は長期化した。

孫子の「勝利したパターンを繰り返すな」、クラウゼヴィッツの「摩擦」「三位一体」、ジョミニの戦争類型などを参照しつつ、首都攻略の是非、戦争の正当性、政軍関係などを論じた。戦略学などが不足しがちの日本の分析の弱さも指摘し、さらには古典戦略思想が現代の戦争を全般的に理解するには依然有効であることを論じた。


講義録(詳細)


・導入と講義の目的

本講義の第2回は「ウクライナ侵攻から考える」というテーマで行った。ロシアによる侵攻は、戦争が本質的に有する複雑性をマクロとミクロの双方から顕在化させ、戦略思想の再考を促す契機となっている。情報は断片的で不完全であり、西側の報道に依拠する傾向も強いが、それをもとに古典的戦略思想の視座から何を論じ、何を論じるべきかを検討することが重要である。


・孫子とクラウゼヴィッツの示唆

まず、ウクライナ戦争の経過を概観し、その上で戦略思想との関連を探ることを提示した。冒頭では孫子の「彼を知り己を知らば百戦して殆うからず」を引いた。これは敗北しないための知恵を説くが、実際には互いに情報を完全には把握できず、戦争計画は必ず摩擦によって頓挫する。クラウゼヴィッツの「摩擦」概念をここで改めて参照し、計画と現実の乖離が戦争の本質的性格であると説明した。

・日本における戦略学教育の欠落

今回の戦争の特徴として、米国の情報機関が侵攻直前から具体的な兆候を公開し、ロシアの動きを警告していた点が挙げられる。他方で日本の有識者には「本格的侵攻はない」とする見解が多く見られた。これは戦略学・戦争学が日本で十分に教育されていないことと関連する。国際政治学は教えられても、軍事学的視点が乏しく、軍事的兆候を政治判断に結びつける力が欠けていたため、楽観的な見方につながったと指摘した。

・プーチン大統領の政治目的と短期決戦構想

ロシアの侵攻目的を理解するには、プーチン大統領の演説に着目する必要がある。彼はウクライナを歴史的にロシアの勢力圏と位置づけ、NATO加盟を「越えてはならない一線」とした。侵攻は「特別軍事作戦」と称され、短期決戦による政権転覆と親ロシア政権樹立を狙った。しかしこれは失敗し、ロシアは長期戦に引き込まれていく。短期戦を望むのは戦争一般の常識であるが、ロシアは首都キーウの攻略に失敗し、兵站能力や補給体制の不備を露呈した。


・軍事バランスとウクライナの改革

軍事バランスではロシアが優位と見られていたが、ウクライナは2014年のクリミア危機以降、軍制改革を進め、NATO標準に基づく機動性の高い部隊を整備した。これにより、当初ロシアが期待した「短期制圧」は頓挫した。孫子は「勝利したパターンを繰り返すな」と戒めるが、ロシアは過去の成功体験に依拠した作戦を繰り返し、逆に研究されて対応される結果となった。


・ジョミニの戦争類型と総力戦

ジョミニの戦争類型を参照すると、ロシアの侵攻は複数の動機にまたがり、一義的に説明できない。さらにジョミニは「国民が総動員して抵抗する戦争に対しては攻勢側に不利」と指摘したが、まさにウクライナがそれに当てはまる事例となった。戦争目的の特定が困難であることは、戦略思想上も重要な問題である。


・首都攻略をめぐる戦略的課題

戦略思想の観点からは、首都攻略の是非も論点である。孫子は都市攻囲戦をコスト高として否定的に扱い、敵主力の撃破を優先した。他方ジョミニは首都攻略を軍事目標とすることを一定の合理性として認める。ロシアがキーウを目標としたのは理解できるが、作戦は具体性を欠き、指揮官層の経験不足もあって成功しなかった。


・戦争の正当性と道義性

また講義では、戦争の正当性という問題も取り上げた。ジョミニは戦争が国家利益や正当な権利に基づくものであるべきと説いたが、その判断は立場によって異なる。ロシアは歴史観を根拠に正当性を主張し、西側はそれを否定する。結果として、最終的に勝利した側が正当性を獲得してきたのも歴史の現実である。なお、孫子は時代の制約はあるが国の「上と下が一致しなければならない」と説き、道義性を一定程度重視した点で特異である。


・政軍関係と三位一体論

さらに政軍関係の問題も論じた。クラウゼヴィッツの「戦争の三位一体」は、政府・軍隊・国民の相互作用として戦争を捉える。民主主義国家では国民の支持が戦争の開始・継続・終結に大きな影響を持ち、情報公開やイデオロギーを通じて支持を得ることが重要である。他方ロシアのような専制に近い体制では、国民世論の影響は相対的に弱いが、動員や犠牲が拡大すれば無視できない要因となる。


・結論:古典戦略思想の現代的意義

総じて、今回の講義ではウクライナ戦争を題材に、古典戦略思想(孫子、クラウゼヴィッツ、ジョミニ)を手がかりに戦争の普遍的特質を検討した。摩擦、戦争目的、短期戦志向、首都攻略、市街戦、戦争の正当性、政軍関係など、多様な論点が浮かび上がった。これらはいずれも単なる歴史的知識にとどまらず、現代の安全保障を考える上でも有効な視座を与える。ウクライナ戦争は依然として進行中であり、その帰趨は不透明であるが、古典の知恵を踏まえて思考を深めることが、本講義の目的であると結んだ。

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