2022年秋期講座(明治大学リバティアカデミー) 教養としての戦略学「古典戦略思想から現代安全保障を考える」
第3回 日本の安全保障体制を考える
要約(22年11月24日実施)
本講義はシリーズ最終回として、日本の安全保障を総括した。戦後のみを起点とする議論の限界を指摘し、戦前からの連続性を踏まえる視座の重要性を論じた。
特に中国の軍事力増強と台湾問題を中心に現実的脅威を分析し、日本の日米同盟への依存に加えて自律的防衛力の整備が不可欠であると論じた。
近年の防衛政策転換を踏まえ、戦略学を教養として位置づけ直し、古典と現代を架橋する知的基盤が日本の将来に不可欠であると結論づけた。
講義録(詳細)
・イントロダクション:戦後と戦前を架橋する視座
本講義はシリーズ最終回として、日本の安全保障をめぐる議論を総括した。冒頭で確認したのは、日本には体系的な戦争学・戦略学・軍事学が欠如しているという根本的な問題である。戦後日本では「戦争」や「軍事」を学問対象として忌避する傾向が強く、結果として歴史的・理論的な思考力の不足を招いている。
とりわけ、議論の多くが「戦後」という枠組みから始まり、憲法や民主主義といった制度的要素を起点とする。しかし、戦争の本質は戦前・戦後を一貫して考えることでこそ理解できるものであり、単純な時代区切りは危険である。軍事の本質を見誤らないためには、歴史全体を貫く視野が不可欠であるとの問題提起をした。
本論1:中国の台頭と安全保障環境
・中国を中心とする脅威認識
第3回では、ロシアや北朝鮮の脅威にも触れつつ、時間的制約から特に中国を中心に議論を展開した。中国は急速な軍事力増強を進め、台湾問題を通じて東アジアの安全保障に深刻な影響を及ぼしている。これは冷戦期のソ連以上に直接的な脅威であり、日本の防衛政策に大きな挑戦を突きつけている。
・台湾有事のシナリオと日本の立場
台湾をめぐる危機が現実化すれば、日本は安全保障上の最前線に立たされる。米中対立が先鋭化する中で、日本は同盟関係を軸にしつつ、自国の意思決定をどのように発揮するかが問われる。特に台湾危機への関与の程度、在日米軍基地の役割、日本の自衛力整備が複雑に絡み合い、今後の政策形成に大きな影響を及ぼすことを示した。
・冷戦期との比較
講義では、冷戦時代のソ連との関係と比較を行った。当時、日本はソ連と直接対峙したわけではなく、あくまで「第二正面」として備えていた。そのため危機感は限定的であり、「結局大国間の戦争は起こらないのではないか」との錯覚が形成された。しかし中国問題はそれとは異なり、地域的・構造的により直接的な挑戦を意味する。ここに戦略的態度の違いが求められる。
本論2:米国との同盟と自律的防衛力
・日米同盟の基盤と限界
日本の安全保障は日米同盟に依拠してきた。冷戦期には米国の核抑止力と在日米軍の存在が日本の防衛を支えてきたが、米国の内政変動や国際的な負担調整の中で、日本自身の役割が増大している。同盟を基盤としつつも、自国の防衛力を高め、主体的に安全保障に関与することが求められている。
・「戦争は起きない」という幻想の払拭
冷戦が熱戦に至らずに終結した経験から、「戦争は結局抑止される」という発想が日本社会に根付いた。しかし冷戦後には湾岸戦争、ユーゴ紛争、イラク戦争、そして現在のウクライナ戦争と、実際に武力紛争が繰り返されている。これらは「戦争は歴史の例外ではなく、常に現実的な選択肢として存在する」という事実を示している。日本がその現実を直視することは不可欠である。
・自律的防衛の必要性
米国の関与が将来的に不確実となる可能性を踏まえ、日本は独自の防衛力を強化する必要がある。統合防衛力の整備、領域防衛の強化、さらには反撃能力の保持といった議論はその文脈で登場する。米国依存一辺倒ではなく、主体性を持った安全保障政策が不可欠であるとの指摘を強調した。
結論:戦略的課題と展望
・安全保障政策の転換
近年の日本は、防衛政策の根幹を大きく転換しつつある。有識者会議の報告でも示されるように、従来の専守防衛路線を超えて、反撃能力の保持を含む積極的な防衛体制への移行が検討されている。これは戦後の安全保障観に大きな修正を迫る動きである。
・歴史的連続性の理解
戦後的な視野のみに基づく発想では、現代の安全保障課題を十分に説明できない。戦前から戦後に至る連続性を踏まえ、戦争の本質に迫ることこそが戦略学の課題である。軍事史・戦争論・戦略思想を幅広く取り入れることで、現代の政策形成に資する知的基盤を再構築できる。
・今後の戦略的展望
最後に示されたのは、日本が直面する戦略的課題である。中国の台頭と米中対立の中で、日本は日米同盟を基盤としつつも、自律的な防衛力を確立しなければならない。そのためには、戦略学を単なる理論ではなく「思考の道具」として位置づけ、古典と現代を架橋する知的努力が必要である。
総括
本講義は「戦略を教養として学ぶ」意義を改めて強調した。戦後日本が回避してきた戦争学・戦略学を再評価し、歴史的連続性を踏まえて現代安全保障を理解することは、今後の国家戦略に不可欠である。中国を中心とした現実的脅威、米国との同盟の変容、そして自律的防衛の必要性を見据えた上で、戦略学は単なる学問ではなく、日本の未来を形づくるための基盤となる。
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