2021年春期講座(明治大学リバティアカデミー) 教養としての戦略学『孫子』「マキャベリ」クラウゼヴィッツ『戦争論』「リデルハート」などを手掛かりに

第2回 中世篇と近世篇


講義録(21年6月10日実施)


・マキャベリの時代背景

ニッコロ・マキャベリ(1469–1527)は、フィレンツェ共和国で外交官や書記官として活躍した人物である。彼の時代のイタリアは、フィレンツェ・ナポリ・ヴェネツィア・ローマなどの都市国家に分立し、互いに牽制し合う政治的均衡のもとにあった。しかしフランスやスペインといった大国の介入を受けることで、戦争が単なる外交的手段から、文字通り武力を伴う激しい争いへと変質していった。こうした環境の中で、マキャベリは国家の存立に直結する現実的な戦略思想を練り上げていくこととなる。


・君主論と権力観

マキャベリの代表作『君主論』は、君主が権力を維持するための冷徹な指針を示した書物である。君主は時に「狐」となって罠を察知し、また「獅子」となって狼を威嚇する必要があると説かれる。信義や慈悲、人間性や宗教的規範にさえ反する行動をとらざるを得ない場合があるとし、権力の維持を最優先とする現実主義的な政治観を示した。この冷徹な姿勢は後世に「マキャベリズム」と呼ばれることになる。


・軍事思想と市民軍

マキャベリの思想のもう一つの柱は軍事である。彼は「良き法律と良き軍備」が国家の基盤であり、そのための軍隊は自国民で構成された市民軍であるべきだと主張した。当時のイタリアで一般的であった傭兵制は、指揮官の利害によって左右されやすく、国家の安全保障を担うには不安定であると厳しく批判した。実際に彼はフィレンツェ政権下で軍制改革を行い、市民軍の組織化を試みている。


・ローマ史からの学び

マキャベリは古代ローマの歴史、とりわけ軍事制度と指導者像に強い関心を寄せた。ハンニバルのような指揮官の統率力を例に挙げつつ、過度な慈悲は規律を乱し、逆に適度な冷酷さは兵士の結束を高めると論じた。こうしたローマ史研究は、彼の政治・軍事思想の理論的支柱となっている。


・政治と軍事の統合

マキャベリの思想の特徴は、政治と軍事を不可分のものとして捉えた点にある。君主が権力を維持するためには、政治的権謀と軍事的力量の双方を備える必要がある。軍を軽視すれば国家は外敵に脆弱となり、政治だけに頼れば内部からの不安定要因に揺さぶられる。ゆえに彼は、市民軍を通じて国民と国家を結びつけ、安定した統治と防衛を実現しようとした。


・マキャベリの現代的意義

マキャベリは理想論を排し、現実の権力関係と軍事力を冷徹に見据えた思想家である。そのため、彼の著作は時に非道・冷酷と批判される一方で、国家存立の現実を直視する「近代政治学の父」とも評価される。今日においても、国家と軍事、権力と倫理の関係を考える上で不可欠な参照点であり続けている。


・まとめ

マキャベリは『君主論』において、権力を維持するためには信義や慈悲すら犠牲にする現実主義を説いた。同時に、『フィレンツェ史』や軍制改革の実務経験を通じ、市民軍の必要性を主張し、政治と軍事の統合を図ろうとした。彼の思想は「理想を語る」のではなく「現実を生き延びる」ための戦略であり、ここにその普遍性と現代的意義がある。