2021年春期講座(明治大学リバティアカデミー) 教養としての戦略学『孫子』「マキャベリ」クラウゼヴィッツ『戦争論』「リデルハート」などを手掛かりに
第3回 続・近世篇と近代篇
講義録(21年6月17日実施)
・ジョミニの登場と背景
アントワーヌ=アンリ・ジョミニ(1779–1869)は、18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍した戦略思想家である。フリードリヒ大王やナポレオンの戦役を背景に登場し、兵学理論を体系的に整理した点に特徴がある。同時代のクラウゼヴィッツと並んで、近代的軍事学の基礎を築いた人物とされる。
・軍歴と著述活動
ジョミニはナポレオン軍に参加し、実戦経験を積んだが、最終的にはフランス軍を去ってロシア軍に迎えられる。その後は実戦よりも著述に専念し、代表作『戦争概論(戦争術概論)』を1838年に出版した。この著作は戦争を理論的に整理し、19世紀以降の軍事教育に大きな影響を与えることになる。
・戦争原則と内線作戦
ジョミニは戦争を合理的に把握しようとし、「戦争原則」を抽出した。その中心には「決定的地点の確保」と「戦力の集中」がある。敵の最も弱い箇所に兵力を集中し、決戦で撃滅するという考え方である。また彼は「内線作戦」を重視し、複数の敵に対して自軍の機動を活かして逐次的に撃破することを説いた。これらはナポレオン戦争の実践から導き出された理論である。
・政治と軍事の関係
ジョミニは戦争を政治と結びつけるよりも、軍事技術・運用の側面から捉える傾向が強かった。戦争を数学的に整理可能な現象とみなし、指揮官が正しい原則に従えば勝利は可能であると考えた。そのため、クラウゼヴィッツのような「戦争と政治の不可分性」という視点は希薄であったが、逆に現場で役立つ実践的な理論を提供することに力点を置いていた。
・後世への影響
ジョミニの思想は19世紀から20世紀初頭にかけて、欧米の軍事教育に広く浸透した。特にアメリカ南北戦争では、北軍・南軍双方の将校がジョミニの理論を学び、それを実戦に応用したことが知られている。また、海軍戦略家マハンにも大きな影響を与えた。
・評価と限界
ジョミニの功績は、戦争の複雑な現象を整理し、誰もが理解しやすい理論体系として提示した点にある。しかしその一方で、戦争をあまりに定式化しすぎたため、政治や社会的要因の影響を過小評価したとの批判もある。クラウゼヴィッツとの対比で語られることが多いのは、この違いに起因する。
・まとめ
ジョミニは「戦争原則」を打ち立て、内線作戦や戦力集中といった実践的理論を通じて、近代軍事学の基礎を築いた。彼の体系は実戦経験に裏打ちされ、十九世紀以降の軍事教育に大きな足跡を残した。一方で、政治や社会の要素を軽視したために、クラウゼヴィッツとの対比で限界も指摘される。しかし、その実践的明快さゆえに、ジョミニの理論は今日に至るまで戦略研究における出発点の一つとなっている。
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