2019年春期講座(明治大学リバティアカデミー) 教養としての戦略学 「戦略古典・『孫子』とクラウゼヴィッツ『戦争論』の本質を読み解く ~ロングセラー『失敗の本質』を手掛かりにしながら」

第7回 沖縄戦と終戦経緯


講義録(19年7月3日実施)

第7回は、日本敗戦の最終局面を示す沖縄戦と、終戦に至る政治過程を取り上た。ここで焦点となったのは、①沖縄戦における日本軍の戦術的・戦略的誤り、②『孫子』『戦争論』に照らした防御戦・消耗戦の評価、③終戦過程における政治と軍事の関係、の三点である。


・沖縄戦における戦術と戦略の断絶

沖縄戦は、1945年4月から6月にかけて行われ、日本本土決戦を前にした最大の地上戦となった。第32軍は島全体を戦場とし、住民をも巻き込んだ総力戦に突入した。戦術的には、従来の「水際撃滅主義」を修正し、南部の要塞化された地下壕を中心とする持久戦術を採用した点で一定の合理性があった。しかし戦略的には、本土決戦に備えて米軍の進攻を遅延させるという目的以上の意義を見出せなかった。

『戦争論』における防御論の観点からすれば、防御は持久の利点を活かし、敵を消耗させる合理的手段である。しかし日本軍の防御は「勝利のための戦術」ではなく「玉砕覚悟の消耗戦」と化し、戦略的意味を持ち得なかった。『孫子』も、戦いは勝算のない状況では避けるべきとし、持久戦はあくまで戦略的転換を準備するものであると説く。沖縄戦はそのどちらの理にも適っていなかった。

戦術的には住民を巻き込んだ壕内戦闘が展開され、軍民一体の犠牲が強調された。これは『孫子』が重視する「民の支持」を根底から損なうものであり、クラウゼヴィッツが説く「戦争の三位一体」(軍・政府・国民)の調和も完全に破壊された状況であった。


・消耗戦と「戦争の頂点」

沖縄戦の特徴は、米軍の圧倒的物量を前に日本軍が徹底的な消耗戦を強いられたことである。クラウゼヴィッツは、攻撃には必ず「頂点」があり、その地点を超えると攻勢力は停滞し、逆に防御に利が移ると指摘した。米軍の進攻も補給や兵站の制約を抱えながら進んだが、日本軍にはこれを逆手に取る戦略的柔軟さはなかった。むしろ無謀な突撃や持久戦に終始し、防御の利を自ら放棄した。

『孫子』は「勝てる戦のみを戦え」と説き、無益な戦闘を避ける知恵を重視する。しかし日本軍は「一億玉砕」的観念にとらわれ、勝算なき戦闘を継続した。沖縄戦の実態は、戦理的にみれば「防御優位」を活かしたものではなく、むしろ「自滅的消耗」に傾いた戦いであった。

結果として、日本軍は地上戦・海上特攻・航空特攻を組み合わせたが、米軍に決定的打撃を与えることはできず、戦力を浪費するのみであった。特攻戦術は、戦理的には「奇襲」や「欺瞞」と異なり、戦局転換を可能にするものではなかった。


・終戦過程と政治・軍事の関係

沖縄戦の敗北は、終戦過程に直結した。ポツダム宣言受諾をめぐる政府・軍部の意思決定は混迷を極めたが、最終的には天皇の「聖断」によって終戦が決定した。ここで注目されるのは、『戦争論』が説く「戦争は政治の延長である」という命題との関係である。日本の終戦過程は、軍事が政治を凌駕し、政治が軍事に引きずられていた戦争指導の在り方が最後まで続いたことを示していた。

本来、戦争終結のためには外交と軍事を有機的に結びつける必要がある。しかし日本は、外交交渉(ソ連仲介工作など)が軍事行動と連動せず、むしろ沖縄での徹底抗戦が外交の足を引っ張る形となった。『孫子』が説く「戦わずして勝つ」方策は全く実行されず、『戦争論』の現実戦争としての「限定的戦争」の選択肢も放棄された。

終戦決定に至るプロセスは、国家の指導層における政治・軍事の断絶を端的に表す。東郷外相らが早期講和を模索する一方、陸軍は徹底抗戦を主張し、海軍も一致した方向性を示せなかった。結果として決定的な役割を果たしたのは、制度外の天皇の意思であった。これは政治が軍事に優越するクラウゼヴィッツ的命題が、最後まで制度的には機能していなかったことを物語る。


・総括

沖縄戦と終戦過程は、日本が戦争理論を理解せず、精神主義と制度的硬直性の中で敗北に突き進んだ最終局面であった。防御の優位を活かすどころか消耗戦に陥り、住民を巻き込むことで「人民」の支持を喪失した。終戦過程においても、政治と軍事の断絶は克服されず、戦争の主体的終結能力を欠いたまま、外部からの圧力と天皇の裁断によって戦争が終わった。

この過程を『孫子』『戦争論』に照らしてみれば、日本は戦争理論を持ちながらそれを活かせず、合理的な戦略思考を欠いたまま壊滅へと至ったことが鮮明に浮かび上がる。沖縄戦と終戦は、その象徴的結末であった。

株式会社 陽雄

~ 誠実に対話を行い 真剣に戦略を考え 目的の達成へ繋ぐ ~ We are committed to … Frame the scheme by a "back and forth" dialogue Invite participants in the strategic timing Advance the objective for your further success