わかりやすくて、わかりにくい?【孫子・第1回】
昼時、待ち合わせのカフェはいつものように混んでいたが、どうにか二人分の席を確保することができた。まだ相手は来ていないようだ。
都内で商社勤務をしているY君。SNSを介してコンタクトされ、『孫子』についてレクチャーをしてくれないかと頼まれた。
よく聞くと、私がかつて留学していた大学の後輩にあたる。卒業生で日本人OBは圧倒的にマイノリティ。私はうれしさもあり快諾した。ランチタイムのわずかな時間を利用してのレクチャーだから、最初から本質をつくような話になるだろう。
先にアイスコーヒーを注文して飲んでいると、Y君が現れた。
スーツを品よく着こなし、シャープそうな青年だ。ひとしきり挨拶をかわし、さっそく本題に入る。
「それで結局、孫子の何を知りたいのだい?」
「僕は大学時代、経営学やマネジメントなどを一通り学びました。そのなかに戦略論などもあり、参考書として『孫子』があげられていたので読んでみたのですが・・」
「ピンとこなかったということ?」
「一言でいうとそうです。13篇全部あわせても、通読に要した時間はたいしたことはなかったのですが・・・」
「読み終えてみたけど、結局、ポイントを整理してパワポにしてみろといわれるとあまり頭に残ってない・・そんなところじゃないかな」
「そのとおりです。正直、これがなぜ戦略を学ぶのにさけて通れないものなのかよくわからないのです。ただ、読む価値がないのであれば、古代中国にうまれたものが2500年間も生き残っているはずもないですし・・・それにいまでもアメリカで戦略論を勉強すると必ず『孫子』が出てくるわけですから、何かあるのだろうとおもって、本日お時間を頂いた次第です」
「なるほどね。ところで、なぜ戦略論をやりたいのだい?」
「正直なところ、将来のための投資です。商社の競争は厳しく、いまはまだ担当にすぎませんが、いつかそれなりのポジションについたときにはつかえるかなと思いまして、いまから学んでおきたいと」
Y君はなかなか野心的なようだ。同じ大学のOBとしてはうれしい限りである。
「まあ、じつのところ、『孫子』には読み方があるんだ。もっとも学問的な読み方ではないし、学者先生が聞いたら眉を顰めるかもしれないけどね。でも、読み方さえ工夫すると、戦略的な力を鍛えるのにはとっても役に立つと思う」
「読み方ですか? 順番に読んでいくだけではダメだと?」
「そうだね。結局、13篇のそれぞれが大まかにどのようなことを論じているかといった整理分類はできるけども、それではまったく実践に生きてこない。要約するのが『孫子』を読む目的でもないしね。理屈を覚えても、実践できなければ意味がない。『孫子』のような兵法書を読む意味は、戦略頭脳を磨いて、自分が実践で戦略をつかえるよう鍛えるところにあるんだ。そのためにはコツがある」
(第2回につづく)
※この対談はフィクションです。
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筆者:西田陽一
1976年生まれ。(株)陽雄代表取締役社長。作家。「御宙塾」代表。
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