『失敗の本質』を副読本に孫子を読む【孫子・第3回】
「『孫子』は簡潔な書き方でケースタディがない。読み進めるうえで、そこが問題となる」
「僕が学んだ経営学やマネジメントなどで出てきたビジネス事例・ケーススタディなどに当てはめながら読むというのはどうでしょうか?」
「悪くはないアイデアだね。そのやり方は効率的に思えるけれど、あまりお勧めしない。手持ちのネタをつかえば、たしかに分かった気分にはさせてくれるだろうけどね。孫子はあくまで兵法書であって、『戦い』を通じて戦略論をといている。だから、ある程度、歴史や戦史を学びながら骨子を理解することがファーストステップで、そのうえでビジネスなどの世界に置き換えるという作業が必要なんだ」
「そのようなものでしょうか」
「孫子の言葉でいう『迂直(うちょく)の計』、つまり回り道をストレートに変えるということだな」
「はあ…」
「さきほど、欧米の軍人、政治家、経営者と話をしていて戦略論の話題になると必ず孫子が出るといったけども、実は彼らには歴史や戦史について“共通言語”がある。たとえば、古代ギリシャのアテネとスパルタが争った歴史をえがいたツキティディスの『歴史』などがそうだ。彼らは教養として、そうしたものを学んできている。だから、彼らが孫子を論じるときには、それらの事例を頭に浮かべながら話をしていることが多い。」
「なるほど」
「ところで、Y君は歴史や戦史などは詳しいかい?」
「いえ、一般的なことくらいはわかると思いますが・・・」
「そうなると適当な副教材があったほうが良いだろうね。繰り返しになるが、『孫子』の基本は兵法書、つまりは軍事古典だ。やはり歴史や戦史を扱った良書を読むのがいいが、いきなりツキティディスの『歴史』は難しいかな。本当は古代中国の『史記』『戦国策』といった古典も良いのだけどね」
「正直に言って、これまであまりそうした本を読んだことがありません」
「そうだろうね。私の世代でも、中国古典を読む人間はマイノリティだったな。Y君は、ビジネスパーソンだけでなく、政治家、軍人、官僚などの間でロングセラーになっている『失敗の本質』(中公文庫)という本は知っているかい?」
「ああ、それなら読みました。確か『「超」入門 失敗の本質』(ダイヤモンド社)というタイトルでしたね」
「そちらは要約版だね。オリジナルは1984年にダイヤモンド社から出版され、いまでは中央公論新社から文庫で再刊されている。『日本軍の組織論的研究』という副題がついていて、太平洋戦争周辺の6つの戦史(戦例)を取り上げながら、経営学者の野中幾次郎先生や戦史の専門家が鋭い分析をしている。各界の著名人や有名人が愛読書として紹介したり、引用したりするので、ずっと売れ続けている。次回までに読んでおくといいよ」
私は思わず「次回」の約束をしてしまったようだ。
「わかりました! 次回までに読んでおきます」
(第4回につづく)
※この対談はフィクションです。
***
筆者:西田陽一
1976年生まれ。(株)陽雄代表取締役社長。作家。「御宙塾」代表。
0コメント