温故知新~今も昔も変わりなく~【書評・第21回】 ホッブズ『リヴァイアサン』(古典新訳文庫,2014年)

「ウルトラセブン セブン セブン 倒せ!火を吐く大怪獣 ウルトラビームでストライク」この歌詞で歌を口ずさめる人は一定以上の世代の人。私は再放送世代だが子供の頃夢中だったから今でも口ずさめる。ウルトラセブンには、怪獣が登場し、地球防衛軍のウルトラ警備隊が出動し、苦戦し、そしてウルトラセブン(正体はモロボシダン隊員)が颯爽とあらわれて怪獣を退治していくのが基本構成だ。ところが、怪獣を倒すなどとんでもない、むしろ皆が自らすすんで怪獣の一部にならなければ生き残れない・・・そんな思想もある。


中学の公民教科書にも出てくる社会契約思想、ホッブズ、ロック、ルソーの3人の名前を覚えさせられたのは概ね世代共通だろう。なかでも、1651年に書かれたホッブズの「リヴァイアサン」は「万人の万人による闘争」という有名なフレーズと、旧約聖書のヨブ記に出てくる獰猛で巨大な海の怪物であるリヴァイアサンから借りてきたその名もあってか知る人も多い。だが、この著作を通読している人はそれほど多くないと思う。正直にいえば、最初のページからマジメに読んでいくとつまらないのだ・・・

当時の学問的影響もあるのだが、第1巻では人間の感情や感覚を延々細かく分析していく。たとえば、情念、欲求、嫌悪、愛好、小心、善悪、快楽、憤怒・・など。第13章になってようやく有名な「誰もを畏怖させるような共通の権力を欠いたまま生活している限り、人間は戦争と呼ばれる状態、すなわち万人が万人を敵とする闘争状態から抜け出せない」といった部分にたどりつく。このあたりから「リヴァイアサン」は興味深いことを言っている。


この著作の基本は、人間は自然状態(皆バラバラの状態)では、生活を確保するためにあらゆることをするから万人の闘争となる。本来、人間の基本的な欲求は生命の維持と安全の確保で、自然状態ではとてもこれを担保できないから、「契約によって主権国家をつくる」ということになる。互いに危害を加えるような力を使うことをやめ、武装を放棄して、そうした力を行使する権利をただの一人(もしくは合議体)の主権者に譲渡する契約を相互に行うという考えだ。そして、主権者だけが自由に自分の力を行使できて、秩序を維持し、外敵から人々を守るための力を使うというもので、これより自然状態から社会状態(市民状態)へとシフトするものとする。ただ、これを自発的に成し得たとしても、後に残るのは主権者の強制ではないかという議論はよくなされる。しかし、ホッブズは人々と主権者は統一された意思で一つの人格に集約されるとし次のように喝破する。


こうして一人格に統一された群衆はコモンウェルスと呼ばれ、またラテン語ではキヴィタスと呼ばれる。これがその偉大なリヴァイアサンの生成である


このあたりの概念整理は専門の方にお任せするとし、私がふと思うのは、みなで怪獣の一部になってしまえば、そこにはウルトラ警備隊もウルトラセブンもいないことになる。かつて、ウルトラセブンに夢中になった子供たちは、ウルトラ警備隊やウルトラセブンに対してカッコよさ(名誉)、ヒーローぶり(勇敢さ)、そして正義を投影していたのは間違いない。だが、実のところ「リヴァイアサン」に生きる人々はそうしたものを重要視しないのだ。むしろ、生命と財産を保証され、従順で遵法、平和愛好で私的活動にだけ生きるそんな市民像だけが浮かび上がる。このような社会では、少なくともウルトラ警備隊の志願者確保は難しそうだ。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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