論語読みの論語知らず【第17回】「一を聞いてもって十を知る」

二つのタイプがあるかもしれない。言葉にせずとも何かをはじめから掴んでいて、必要があればその分だけ言葉に表すタイプで、いうなれば「無形」から「有形」にすること。もう一つは、言葉を扱うことに精通し、それでもって何かを求めていくタイプで、これは「有形」でもって「無形」を手繰ること。適当な表現がないので便宜的に前者に長けたひとは「天才」で、後者に長けたひとが「秀才」としよう。後者は前者よりも周囲にわかりやすいから立身出世しやすいかもしれないが、前者は見抜きにくいだろうし、仮に知りえても周囲が扱いきれないかもしれない。論語にこんな一文がある。


「子 子貢に謂いて曰く、女(なんじ)と回といずれがまされる、と。対えて曰く、賜や何ぞ敢えて回を望まん。回や、一を聞いて以て十を知る。賜や、一を聞いて以て二を知るのみ、と。子曰く、如かざるなり。吾と女(なんじ)と如かざるなり、と」(公冶長篇5-9)


【現代語訳】

老先生が子貢に向かってこうおっしゃった。「君は、回(同門の顔回)君と比べてどうかね」と。子貢は申し上げた。「私(賜。子貢の名)ごときが、どうして回君と比べることなど望みましょうか。回君は、一を聞けば十が分かります。私などは一を聞いて二を知るくらいなものです」と。老先生はつぶやかれた。「及ばぬな。私も君も、(顔回には)かなわない」と


先の例えでいえば、顔回は天才タイプで、子貢は秀才タイプだろう。この一文を素直に読めば、子貢は顔回の圧倒的な才能を師である孔子の問いに対して認めているように読める。ただ、子貢の内心は複雑なものだったのかもしれない。作家・社会教育家であった下村湖人の名著「論語物語」の中にそのときの子貢の内心の吐露を書いたものがある。


顔回は、孔子がかねがね自分でも及ばないといっていたほどの人物だから、その人に比較されるのは、彼としては嬉しくないこともなかった。しかし、同時にこれは彼にとって不愉快な問いであった。「勝てます」とは言いきるわけには無論いかない。腹の底では、「なあに」という気が十分にあるのであるが、それをいえば謙譲の徳にそむくことになる。顔回に対して負けないというだけならともかく、孔子にも負けないという意味になるのだから余計始末が悪い。・・・結局、彼は内心不愉快に思いながら、あっさりと謙譲の徳を守るよりしかたがなかった。・・」(「論語物語」講談社学術文庫25ページより)


子貢は言葉の運用が巧で、知識も豊富、論理的思考に長けていたこともあり、孔子のもとで活躍をした。司馬遷の「史記」にもあるように、孔子の母国である「魯」が強国「斉」によって侵略される窮地に陥った際、孔子は弟子たちの中から子貢を外交役に任じて、子貢は弁舌を駆使して八面六臂の働きをしたのだ。子貢は後に、「魯」や「斉」の宰相にもなり、商才にも通じて莫大な財産を築いた。一方の顔回は貧しさのうちに出世もせずに若くして亡くなっている。孔子が顔回を称えなければその名を残さなかったかもしれない。筆者としては、子貢は能弁で、顔回は朴訥のイメージが強い。

さて、何かを根本的にそして直観的に掴んでいる者がそれを雄弁に語るとは限らない。反対に、結局のところ何も根本的に掴んでない者が能弁で誤魔化すことは可能かもしれない。何かを偉そうに言えるわが身でもないが、願わくは顔回の如き人物に接すれば気づけるくらいの道すがらになればと思うのだ。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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