温故知新~今も昔も変わりなく~【書評・第32回】 カント『永遠平和のために』(光文社古典新訳文庫,2006年)
私は好戦的ではないしかなりの平和主義者だと思っている。そうかといって戦略思考が苦手で戦いそのものが下手ということにはならない。これが矛盾なのかどうかはよくわからない。さて、拙著「『失敗の本質』と戦略思想 孫子とクラウゼヴィッツで読み解く日本軍の敗因」がボチボチ書店で並び始めるが、戦争を考えることがなぜ自分のテーマの一つになってしまったのかを改めて思い返した。
オリジナル『失敗の本質』(ダイヤモンド社・中公文庫)の前半において、この作品のアプローチについて語る部分で、「本書はむしろ・・・いかに国力に大差ある敵との戦争であっても、あるいはいかに最初から完璧な勝利を望みえない戦争であっても、そこにはそれなりの戦い方があったはずである。しかし、大東亜戦争での日本は、・・すぐれた戦い方をしたとはいえない」とある。そして、今回、『失敗の本質』を再考するかたちの拙著では、「・・大東亜戦争が「まともな戦争の仕方」で行われたのかといえば、改めて検証する余地と教訓を学ぶ要素があまりにも多くあり・・」と書いた。
「まともな戦争の仕方」という言葉は慎重に選びいろんな意味を含めたつもりだが、その解釈は読んでくださる読者諸氏に委ねたい。さて、拙著では触れなかったが「まともな戦争の仕方」を一生懸命に考え抜いた哲学者の一人がエマニュエル・カントだと思っている。1795年に書かれた「永遠平和のために-哲学的な草案」はお気に入りの一冊でこれまでに何度読み返したことか正直わからない。
カントといえば難解の代名詞のような人で敬遠されがちだがこの一冊はわりと読みやすい。普遍的(広く共通するくらいの意味)なことを考え抜いたカントだが、どんな天才もやはりその時代や環境の制約は受けるものだ。この作品のなかでこんなくだりが出てくる。
「・・共和的な体制は、・・永遠平和という望ましい成果を実現する可能性をそなえた体制でもある。この体制では戦争をする場合には、「戦争するかどうか」について、国民の同意をえる必要がある。・・そして国民は戦争を始めた場合にみずからにふりかかってくる恐れのあるすべての事柄について、決断しなければならなくなる。みずから兵士として戦わなければならないし、・・このような割に合わない(ばくち)を始めることに慎重になるのは、ごく当然のことである。ところが臣民が国家の市民ではない体制では、戦争は日常茶飯事の一つとなる。それは国家の元首が国家の一員であるのではなく、国家の所有者だからである。戦争を始めたところで、元首は食卓での楽しみも、狩猟のような娯楽も、・・戦争のためにごくわずかでも損ねることはないのである。だから元首は戦争を一種の娯楽のように考え、それほど重要ではない原因で開戦を決意するのである」(「永遠平和のために」より)
さて、この引用した一文は論理的ではあるけども、現実や実態がすべてこの通りとはいかない。カント自身が活躍した時代の少し後、愛国主義が高まり国民がこぞって参戦することになったナポレオン戦争をほとんど見ることなく亡くなっている。また、この一文の国家元首の云々のくだりも、君主自らは戦争につよく反対しても、重臣たちの圧力に抗しきれずに開戦をした例を今日われわれは身近なものを含めて多く知っている。
ただ、カントの思想に限界があるにしても、それでもこの「永遠平和のために」はいまだに輝きは失っていないと感じている。カントは戦争自体には人間を重んずる立場から反対している。
「戦争とは、法に基づいて判決を下すことのできる裁判所のない自然状態において採用される悲しむべき緊急手段であり、暴力によって自分の権利を主張しようとするものである・・」(同書より)
だが同時に戦争が人間を進歩させるという性質を持つことをカントは否定していないのだ。人々が対立し、民族が対立し、国となって対立して戦うなかにこそ文化を含めて向上していく原動力をみている。また、祖国を防衛する戦争自体も否定はしていない。そして、永遠平和を目指す提案をいろいろしているが、その実現を見渡すことのできる水平線上にみていないともいえる。
「永遠平和のために」はカントが生きた時代の平和条約の形式をとって書かれており、それを実現するための予備条項や確定条項という二つの部分で構成されている。そして、カントは後半で「世界市民法」という考えを提示している。これ以上は語らないが、哲学者カントは永遠平和を一生懸命に願いながら、「まともな戦争の仕方」を考えた人物だと思っている。さて、日本もまた世界平和をつよく願っている国柄だ。そうであるからこそやはり「まともな戦争の仕方」とは何かを考え抜いておくべきだと思っている。これが矛盾の誹りを受けるべきものかどうかはよくわからない。
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筆者:西田陽一
1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。
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