論語読みの論語知らず【第47回】「多くを聞きて疑わしきを」

とても忙しい時代だ。肩書や権威をいちいち疑ってかかる人のほうが少ない。それなりの立場の人が、もっともらしいことを、演出がかったことを悟らせずに発言できれば、それはかなりの影響力を持つことになる。ただ、どんなに知力の高い人でも、すべてに通暁していることはまずなく、実のところウィキペディアをベースにして調べたことをもっともらしく語っていることもありそうだ。それでもその発言が組織のトップによってなされ、その組織が極めて親和性に富み、言葉を変えれば、組織内の同調圧力が強ければ御託として受け入れられていくことになる。


哲学者カントは「・・人間は仲間にはがまんできないと感じながらも、一方でこの仲間から離れることもできないのである・・」(世界市民という視点からみた普遍史の理念より)と喝破する。確かにその通りで、人は孤立して生きているものではなく、何かしらのコミュニティや組織に属することを拒むことができず、完全な「個」などは貫きようがない。

そして、コミュニティや組織が生まれ、特定の文化やルールが息づき、それを受けいれて染まることにどこか無意識に安堵を覚えるのも人間なのかもしれない。そのことを否定する気はない。就職して組織などの実社会で生きていくなかで、どう身を処していくかについて論語はこう語る。


「子張 禄(ろく)を干(もと)めんことを学ばんとす。子曰く、多く聞きて疑わしきを闕(か)き、慎んで其の余を言えば、則ち尤(とが)寡なし。多く見て殆(あや)うきを闕き、慎んで其の余を行なえば、則ち悔い寡なし。言 尤寡なく、行い 悔い寡なければ、禄  其の中に在り、と」(為政篇2-18)


【現代語訳】

門人の子張が、就職の方法について教えていただきたいと願い出たことがあった。老先生はこう諭された。「多く学習し疑問点を解き、その他の確かであることについても慎重に発言すれば、まず過ちが少ない。多く経験して不安な点を除き、その他の確かであることについても慎重に行動すれば、まず過ちが少ない。発言に過ちが少なく、行動に過ちが少なければ(世はその人を信頼し招聘するので)、就職は自然と定まる」と(加地伸行訳)


一見すると発言を慎重にして、軽率な行動を慎む部分が目立ち、組織のなかで失敗しないで、順調に出世をしていくための消極的な処世術について述べているとも取れる(なお、論語は出世することを否定せずに肯定する)。だが、よくよく行間を読めばそれだけではない。要はどんな組織に属しても安易に染まらずに、自分の頭を使って学び、考え、その上で、正しいと信ずる発言と行動をしなさいとも読める。それは、過ちはたしかに少ないかもしれないが、組織のなかで緊張や対立関係を生じさせることになる。これを貫くのは容易なことではない。それでもそうした人は自ずから陰に陽にと尊敬も信頼もされるので、最後には食べていくことはどうにかなるとのニュアンスも、この一文には含まれているかもしれない。


さて、とても忙しい時代だ。いちいち現代の登場人物の肩書、権威、発言を精査している暇もない。(もちろん、ジャーナリズム、コメンテーター、評論家は適時適切にそれをするべきだろう) 私はといえば少し話は飛ぶが、久しぶりにトゥキディデスの「歴史」を読み返している。古代ギリシャのペロポネソス戦争(アテナイVSスパルタの戦い)を扱いながらも単なる戦記ではなく、外交使節、将軍、政治家の論戦が収められている古典中の古典だ。アテナイに援軍を求めにやってきた外交使節が、アテナイが助けに応じる大義や理由を堂々と説けば、それと対立関係にある外交使節が今度は逆の大義と理由を堂々と反論するまさしく論戦だ。

当時の肩書、権威、演出などは割り引けるから、冷静に論戦だけをしっかり「聞く」ことができる。こうしたかび臭い古典に耳を傾ける地味な積み重ねは、孔子がいう「多くを聞きて疑わしきを闕き」の一つのトレーニングにはなる。もっともこれが効率的であるとはいわないが。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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