温故知新~今も昔も変わりなく~【第34回】 野中郁次郎(他)『知略の本質~戦史に学ぶ逆転と勝利』(日本経済新聞出版,2019年)

4度目の挑戦と銘を打った「知略の本質~戦史に学ぶ逆転と勝利~」(日本経済新聞出版社)。昨年11月に出版されて売れ行き好調とのことだ。「失敗の本質」からスタートして、戦略の本質」「国家経営の本質」そして「知略の本質」で完結としている。この間数十年、著者たちが変らぬ情熱で研究を続けてきたことを思うと率直に尊敬の念を抱く。主著者であり経営学の泰斗である野中郁次郎先生とは最近懇談する機会を得たが80代半ばにして分刻みのスケジュールをこなし、知的関心旺盛で、国や社会を憂いながらも情熱がほとばしる姿を見せつけられて襟を正す思いに駆られた。


「知略の本質」の問題意識は、「戦略」という単語が経営、ビジネス、スポーツ、ゲームなどで広く使われているが、それらの多くがどうしたら相手に勝てるか、競争で生き残れるか、利益を上げられるかといった問題に収斂していくこと。加えて、それらの戦略論の多くが分析的な戦略策定に終始して本質的な洞察を欠くものとする。


「・・ある特定の状況や彼我の力関係を分析することから導き出された戦略は、ある特定の状況のもとではうまく機能し、成功するかもしれないが、状況や文脈が変れば、成功を収めるとは限らない。失敗するかもしれない。それは、戦略の本質を十分に洞察していないからである・・」(序章より)


こう喝破して本書では戦略が本来軍事の領域で用いられたのに鑑みてそこに立ち返る必要を述べる。そして、本書では戦史事例として「独ソ戦」「バトル・オブ・ブリテン」「インドシナ戦争」「イラク戦争と反乱」などを4つの例を取り上げている。世の中に戦略を説く本は溢れているが、わかりやすさを追求するほどに、どこかシンプルなマニュアル的なものに近づいていくのは仕方ないのかもしれない。


だが、実践できる、実戦で試される戦略は決してそれほどシンプルでスムースなものなどではないことを本書は思い知らせてくれる。実際の戦いではどれだけの錯誤と摩擦が双方に介在して洗練とは程遠いものであるかを痛感させてくれる一方、それでも文字通り必死のなかでどう勝ちを拾うことができるのか、そこに共通点があるとすれば何なのかを迫っていく。


本書のアプローチ手法はタイトルにもなっている「知略」がキーワードになる。矛盾という事実に直面したとする。たとえば、「適応」と「革新」、「変化」と「安定」、「アナログ」と「デジタル」、このような対立軸に面したとき安易にどちらかを二者択一的に選択するのではなく、どちらも反面の真理としながら「中庸」を探る。ただし、両極の中間点を採るのではなく情況と文脈に応じて両者へのバランスを変化させつつ大胆に戦略を実践していく力を「知略」のベースとする。そして、「「知略」とは知的機動力で賢く戦う哲学であり、過去―現在―未来の時間軸で、共通善(common good)のために「何を保守し何を変革するか」の動的バランスをとりつつ、つねに組織的な本質直観を共創しながら行動し続ける戦い方を指す」(終章より) 


私が若干の驚きや興味を持って受け止めたのは、スターリン、チャーチル、ホー・チ・ミンの3者を並べて比較研究していることや、「知略」の4つの要件として①共通善―何のために戦うか ②共感(相互主観性)③本質直観 ④自律分散系―実践知の組織化 を列挙している部分であった。


特に③の本質直観のところでは、クラウゼヴィッツ『戦争論』を取り上げてフランス皇帝ナポレオンを例に戦略の本質を一瞬で戦局の本質を見抜く力であるとし、「一瞥(いちべつ)」を意味する「クードウィユ(戦局眼)」を挙げて、それは「長い試みと熟考の末にのみ得ることのできるような瞬時に真実を見抜く直観」を引き合いに出した部分であった。


本書では戦局眼を「・・・意識的・論理的・分析的な思考によって発揮されるというよりも、感覚や経験をもとに無意識的に蓄積されている暗黙知なのである。したがって、クー・ドゥイユによって見える戦局というのは、いちいち戦場で意識的に認識できるものすべてを論理的に分析した結果出てくるのではなく、その場で感じる直感がもとになって、戦局の本質を直観することで、いわば「見えてくる」のである・・・」(終章より)としている。


この結論をどう受け止めるかは人それぞれだと思うが私は妙に納得できるのだ。結語として本書では「・・・科学的アプローチが慎重に避けてきた戦略の実践的・主観的・未来創造的側面こそが、戦略論の実効性を決定づけている・・・」とあるが、何十年もの間戦略とは何か向き合った野中先生のこの結語は重みがある。ただ、論理を越えた直観をどう磨くかはまた別のテーマとはなる。そのあたりが野中先生のさらなるテーマなのかもしれない。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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