論語読みの論語知らず【第49回】「士たるに居を懐えば」

「ここではアイスクリームですら凍ってしまう」こんなどこかトンチンカンなタイトルに目が止まったのは数日前のニューヨークタイムズの紙面でのことだ。モスクワから3200マイル以上離れたロシア極東の街マガダンでは時に外気気温が-50℃に達する。
ソビエト連邦時代この街は15万以上の人口を数えたが、ソビエト崩壊以来人口が減り続けていまでは9万少々の街だ。金銀などの鉱山資源を豊富に有する街だが、それが新たな人口流入の呼び水とはなっていない。プーチン大統領は安全保障とある種の愛国主義の発露から極東を活かしておくことの重要性を説き、極東の人口が減ることを良しとせず、連邦政府の補助金で道を整備しスポーツ施設やネット環境を整えるなどの施策を打ち続けてはいるが決め手にはなってないない。

この街の市長の成人した子供の内一人はモスクワに住んでいる。市長はこうつぶやく「モスクワで小さなアパートに暮らし、一日のうち3時間も交通渋滞に耐えなければならない生活がよいのかまったく理解できない」そして市長はつづける。「マガダンが他と比べてそれほど劣悪なわけでもない。劇場やスイミングプール、映画館、聖堂、レーニンに名を冠した中央広場、マガダンの水準がそれほど低いわけではないはずだ」と。この凍てつくマガダンの街で、アイスクリームをつくり売ることを生業とする29歳のシェフがいる。彼はこの仕事を「当面」の天職としつつもやはりこうぼやく「この街を離れることを夢見て、その日が来るのを指折り数えているのさ・・」。


なお、この街の人たちが物好きの極みで厳寒の外でアイスを食べる習慣があるわけではない(実際問題としてアイスが食べる前にコチコチになり、文字通り歯が立たないくらいに凍ってしまうので不可能とのこと)。ここでは暖かい家の中でソファーに座りTVを見ながらアイスを食べる習慣をこよなく愛するとのことだ。シェフがつくるアイスはイタリアから輸入したラズベリーなどをつかうものでそれなりにビジネスは巧くいっているようだ。さて論語にこんな言葉がある


「子曰く、士たるに居を懐(おも)えば、以て士と為すに足らず」(憲問篇14-2)


【現代語訳】

老先生の教え。職務に精励すべきであるのに、己の生活の安楽(安居)を思うような者は、できる士(おとこ)とするに足らない(加地伸行訳)


この記事がどうこうではない。ただふと思ったのはこの29歳シェフがいつかマガダンの街を離れることができたとして、生まれたところを遠く離れたとして、どんな仕事をするのだろうか。モスクワでアイスクリームをつくって勝算があるのだろうか、そもそもまったく別のビジネスをするつもりなのだろうか。記事は何も語っていない。仕事の都合で転勤移住するのと、移住して新たなに仕事をすること。どちらも移動すること自体には変わりはないが、考えてみるとその根底には大きな違いがあるように思う。


ふと自分に置き換えてみた。今年の正月約4年ぶりに故郷札幌に里帰りをした。生まれてから育んでくれた故郷に住んだ期間とそこから離れてからの期間。すでに後者のほうが長くなっている。ふと上京したときのことを思い返してみた。自分が上京した理由はなんであったかを探してみると志があり仕事があった。その形は変えたけども少なくともいまも志とともに仕事には励んでいる。まあ当面は良しとしよう。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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