温故知新~今も昔も変わりなく~【第35回】 佐々木毅『アメリカの保守とリベラル』(講談社学術文庫,1993年)

たとえばあなたは政治的に「保守」ですか、「リベラル」ですかと二者択一的に問われたら、たいていの人はどちらかをなんとなく選ぶことはできるだろう。では「保守」「リベラル」の定義はあなたにとってはどのようなものですかと問われたら意外と答えに窮するのかもしれない。実のところ言葉の定義や概念の規定といったものがあやふやなままに単語だけが先走り、わかりやすいレッテルとして利用されるのが日本では多いと感ずる。これを日本らしさといえばそれまでだし、それでも物事が成りゆくこと自体にはネガティブ・ポジティブそれぞれの側面があるとは思う。


ただ、これがアメリカとなればそうはいかないのだろう。太平洋を隔てた大国であるアメリカを、多少なりとも政治的な話になっても日本では行き掛かり上「アメリカ」という単語でひとくくりにして論じることがある。だが、一つの国がそれほどシンプルでもなく、かの国を大統領、連邦政府、各省庁、議会、軍、企業などの機能体でわけて考えて見ていくのか、それともある程度政治的信条や思想などの立ち位置で見ていくのかアプローチが複数ある。


後者については「保守」「リベラル」(現在ではそこから派生してネオコンやネオリベなど入り込んでいる)などで分類してみていくのがいまでもある程度有効なものの見方でもある。少しだけ古い本に政治学者佐々木毅氏が著された「アメリカの保守とリベラル」(講談社学術文庫)がある。なお、佐々木氏の本で私が初めて読んだのは「プラトンの呪縛 20世紀の政治と哲学」(講談社)だったと記憶しているが、これも良い本で政治思想に深く関心をもつ機会となった。


実のところアメリカでいう保守とリベラルの語感は、多くの日本人が感ずる意味合いとは異なる。一般的にイメージする保守主義といえば、権威や伝統的秩序を重視して、結果的に社会的不平等をある程度許容する立場を想像するだろう。この考え方の源流を遡るとイギリスの思想家エドマンド・バーク(1729~1797)に行き着くとされる。


アイルランド生まれで、30代で下院議員となったバークは政治家としてのキャリアは野党の一議員でいることがほとんどだったが、在任中に隣国でおきたフランス革命に触発されて「フランス革命の省察」という名著を残して、後の世に保守思想の基として大きな影響を与えた。バークの思想を簡潔に列挙すると、


「世論は半分だけ信用する」(それを代表する下院は重要)、「絶対的民主制は絶対的王政に劣らず正当な統治形態には数えがたい」(つまりはフランス革命に批判的)、「国王の地位を人民の選択に基礎づけることに反対」(王国の基本法である王位継承法によるべき)、「一個人の思弁的・抽象的な理性を過信することを批判」(抽象的哲学原理を政治の土台にすることに批判的)、「歴史を積み重ねてきた経験を重視」(偏見や迷信などは有害な部分は除去し有効な部分はなお活用するべき)などとなる。


こういくつか書いてみると、彼が単なる反民主主義者でも、復古主義者でもないことがわかる。なお、バークが生きた世界と違ってアメリカは身分制などの封建的な社会制度はもとよりなく、バークを源流とする伝統的な保守主義が存在する余地はなかった。アメリカは当初より自由と平等、そして人民主権をその政治的原理としてスタートした国家であり、他に選択肢を有していなかった。したがって、アメリカでいうところの保守主義とは自由主義や人民主権を大前提としたなかで成立しており、保守主義とリベラリズムの対立といってもその前提を踏まえた中でのものとなる。


いうなればアメリカの保守とは個人主義的で自由放任主義を尊び、資本主義と市場メカニズムにたいして楽観的であり、社会がダイナミックに変わっていくことに対して前向きであるのがそうで、一方で過度な個人主義や機会の平等の保証ではなくて、結果の平等をある程度もとめて政府により大きな役割を期待する立場がリベラリズムとなる。そして前者に「小さな政府」、後者に「大きな政府」が紐づいて政治や政策の位相を捉えるのが一つのアプローチだ。


もっとも保守・リベラルと線を引いたものの今日ではネオコン、ネオリベなども入り込み、現実はそれほどシンプルではなくこれで実相がすべて見えることなどないが、アプローチのための道具としてはいまだ有効なのだろう。この「アメリカ保守とリベラリズム」という作品は、1920年代から90年代前半までのアメリカを大統領、政治家、思想家、経済学者などにスポットを当て保守、リベラルなどの枠組みで篩(ふるい)にかけながら変わりゆく、揺らぎ行くアメリカを詳細に書き出している。こうしたものをときに写し鏡にして日本の政治の位相を考えてみるのもまた一つかもしれない。もちろん何が見えてくるのかは人それぞれだろうが、それで自分の立ち位置を知るのも面白い。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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