論語読みの論語知らず【第63回】 「君子に三戒有り」

本棚を整理しているとカルロス・ゴーン氏が書いた「ルネッサンス~再生への挑戦~」がホコリにまみれた状態で出てきた。私が25歳のときに一度通読して以来はご無沙汰であった。ゴーン氏を巡っては新聞で報道される程度しか知らず、今後、彼の身柄がどうなっていくのかつよい関心があるわけではない。ただ、逮捕された当時で60歳半ばに達しようとしていた者が、執拗なまでに金銭に対する欲望と蓄財に情念を燃やし続けるのには違和感を覚えた。年嵩となれば個人としての欲望から恬淡としていくのがどこか良い境涯とされる一方で、現実はゴーン氏に限らずそうでないことが多くもある。人生のライフステージそれぞれにおける欲望の違いついて論語は次の言葉をのこしている。


「孔子曰く、君子に三戒有り。少き時は、血気未だ定まらず。之を戒むるは色に在り。其の壮なるに及びては、血気方に剛し。之を戒むるは闘いに在り。其の老ゆるに及びては、血気既に衰う。之を戒むるは得に在り」(季氏篇16-7)


【現代語訳】

孔先生の教え。教養人とて三つの戒めがある。青年期(少。二九歳以下)は身体の欲求が不安定で動物的である。その性欲(色)を戒めよ。壮年期は身体の欲求が盛んであるので他者に負けまいとする。その競争欲(闘)を戒めよ。老年期(老。五〇歳以上)は身体の欲求が衰え失うことを恐れる。その物欲(得)を戒めよ


青年期、壮年期、老年期でその欲望のあらわれかたを喝破するこの一文は妙に面白い。青年期が性欲(色)にベクトルが向きやすいのは理解しやすい。ごく一部の才能や幸運に恵まれた者を除き、青年期はそのほとんどが社会的には地位も名誉も権威も権力もなく、それを求めていく知恵も術も極めて未熟でたいしたことができないのだ。仮に社会の中でそれらを持つ者たちに、たいていそれは年嵩であることがふつうだが、戦いを挑んでも敗北することが多い。もちろん、肉体と肉体の戦いであれば青年に軍配があがるだろうが、持てる年嵩は地位と権力を巧みに使いそもそもそんな戦いに持ち込ませないのだ。すると青年は勢い体の衝動にまかせた欲にベクトルが向きやすいともいえる。ただ、それをすべて「色」の言葉で片付けたくはない。純粋な恋愛を大いにするのも青年期の特権だと思う(なお、年嵩でも純粋な恋愛はある)


壮年期は地位、名誉、権威、権力を求めての競争欲(闘)が強くなる。性欲(色)がなくなるわけではないが、それよりも青年期に苦杯を舐めつつもようやく覚えてきた知恵や術を使って周囲と出世などを巡り闘うことに夢中になりやすい。業界の性質、組織の大小で違いはあろうが、人間が複数あつまればそこに競争があり闘いはある。30代半ばくらいまでは横一線だったレースもこの頃から徐々に差がつき、40代を過ぎてくるとどこまで到達するのかが早くも見えてしまう業界や組織もある。この年頃からはそれこそ同じようなスーツを着ていても、その下には悲喜交々のストーリーが隠されているのだ。そうしたものが時折、おしゃべりの仕方、酒の飲み方、スーツの着こなし方といったマナーなどのわかりやすいところにまで浮上してくる。


ピラミッド型の組織で頂点を目指していく闘いに勇んで身を投じれば、その出世レースの過程で「勝者」「敗者」が生まれるのは必然となる。そして、これらの勝ち負けが自分の人生にとってどの程度大切で、いかなる意味合いを持つのか多かれ少なかれ考えるのを迫られるのが壮年期の特徴かもしれない。また、闘いを通じて己の分際を知らしめられると同時に、己のミッションを徐々に自覚していく年頃でもあるとも思うのだ。なお、私のように20代で組織を早々にドロップアウトしてしまう者もいる。だからといって闘いが無くなるわけではない。わりと明確なルールがある組織の中の「正規戦」に比べれば、ルールが曖昧な「ゲリラ戦」のような闘いが続くといえるかもしれない。


さて、老年期に物欲(得)が強くなること。冒頭のゴーン氏などスケールがかすんでしまうようなケースが歴史を紐解けば枚挙にいとまがないのだ。目下のところ私自身は論語のこの一文が定義するところの老年には到達していない。故に自身の感覚としては本当のところはわからないのだ。ただ、体力が低下して肉体の欲求が弱まることの代替えとして物欲が強くなるのは私個人としては戒めていきたい。だが、それ以上にそこまでに己のミッション、天命を知らずに生きてしまうあり方だけはしないよう戒めたいと思う。


ちなみにこの君子に三戒ありと喝破した孔子に一つエピソードがある。孔子は青年期の17歳の頃、魯の国において権力者であった季孫氏が広く人材を求めていると聞き、それに応じようと正面から堂々とその門をくぐった。だが、その季孫氏の部下で当時イケイケだった陽虎によって小僧扱いされて一蹴されている。青年期の孔子と年嵩の権力者との闘いは孔子の一方的敗北でこのときは終わったのだ。天命を実行するのはさらにずっと後の話なのである。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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