論語読みの論語知らず【第80回】 「狂者は進んで取り、狷者は為さざる所有り」

初めて「孫子」で本を書かせてもらってから10年近く経つが、私自身は本を書かせてもらえるならば最初は「論語」についてだろうとずっと思っていた。戦略思想より道徳思想といったものを追求するほうが向いていると考えていた。ただ、そうした思いとは別のところで予期せぬ力は働くもので、この10年を思い返すと常に戦略思想と向き合うところとなった。哲学や道徳思想に関する本の多くは若いころから自分で買い求めたものがほとんどだが、戦略・軍事・戦史に関するそれは思えば多くが人から受け継いだものが大半だ。


陸軍士官学校を卒業されて戦車第28連隊中隊長などをつとめられて終戦を迎え、戦後は作家・軍事史研究家としてご活躍された土門周平先生。ご縁あって蔵書を引き継がせてもらうことになったが、今では入手困難な膨大な本や史料の数々を前にして、当初はこれらをどう活用すればよいのか途方にくれた。書架に整理しておさめていくなかで、それらをパラパラと開いてみると多くに付箋がつき、鉛筆で線が引かれ書き込みがなされており、土門先生が真摯にそれらに向き合ってきたことが一目瞭然だった。


縁が縁を呼ぶものなのかはわからないが、他にも数名の軍事関係者や軍人の方から蔵書や史料を引き継ぎ、それらは和書洋書など多岐にわたったがやはり付箋、線引き、書き込みが多くなされている代物だった。後から知ったのだが、こうした線引きや書き込みがなされた本や史料は図書館などが寄贈を受け付けないらしく、所用者がその生涯をかけて貫いた研究活動にピリオドを打つと行く先に困るケースが多発するとのことだった。


私自身にとっては予定外行動の連続だったのだが、これまで大学や自衛隊などで戦略思想・国防論(軍事学・防衛学)を講義する機会に預かってきた。これらをどうにかこなすことができたのは引き継いだ蔵書のお陰だ。これまで何冊か本を書く中でも頂いた蔵書によって大いに助けられた。好き勝手テキトーに読むにはあまりに敷居が高い蔵書も、講義、原稿執筆といった具体的テーマが与えられ、これをわが任務として受け入れときに、丹念に読み込めばこれらの蔵書は方向性の道標となってくれた。先人の付箋、線引き、書き込みの上に、今度は私が乱雑な文字で書き込みそして線引きをしていく。先人のそれには実戦を経験してきたものたちだからこその慧眼コメントもあれば、実戦を経験したがゆえの陥穽もまたあった。ただ、一生涯を軍事に捧げた人たちのそれらにはやはり凄味があった。


軽々にものを申してはならないとは思うが、今後、戦略思想の思索や研究に携わることは私のライフワークになっていくのかもしれない。いまの日本では戦略・軍事といった領域を研究してカタチにしていくには様々な制約がある。特に公の仕事につき、お堅い組織に身を捧げる人たちほどその縛りは厳しく、根本的に論じられなければならないはずの戦略思想にはモノを言えない空気がある。戦いには相手があり、相手の自由意志がそこには働き、こちらが定めた法律・ルール・想定に相手が従って戦ってくれるわけではない。そんなことはあたりまえなのだが、長らく平和につかっているとそれが見えなくなってくる。


無論、戦いなどが起きないことを心底願っている。だが、一たびそれがおきたときは、そこには依るべき戦略思想が必要なはずだ。戦いの始まりよりも、いかに終わらせるかについて何かしらの合理性だけではなく戦略思想が求められる。そうした研究をなおざりにしておいてよいはずはなく、「制約」のない私などがきわめて微力ではあるがその役割を果たすべきとも考え始めている。戦いを本当に経験した先人たちから蔵書を引き継いだ以上はその一定の責任があるのかとも思う。つまりはこれまで予定外行動として受け止めていたことが、予定調和となっていく道かもしれない。ただ、その道すがらでは先人たちが孤高のなかで研究の専念に用いた蔵書がこれからより役立っていくだろう。


「子曰く、中行を得て之に与せずんば、必ずや狂狷か。狂者は進んで取り、狷者は為さざる所有り」(子路篇13ー21)


【現代語訳】
老先生の教え。中庸(中行)の道を行く人と出会えず、その人とともに歩むことができないならば、やむなく仲間に選ぶのは、狂者や狷者か。狂者には(一つのことに専念するので)進取の気持ちがある。狷者には(孤高を守るので)汚れたことはしない気持ちがある。(そのどちらかを選ぶしかあるまい)
(加地伸行訳)


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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