論語読みの論語知らず【第103回】 「孔子は戦争と軍事に何を語ったか」

乱世に生きていた孔子

古代中国、春秋時代が後半に入ると周王朝の封建制はゆらぎ、各国が覇権を競う乱世となった。その中にあっても孔子は儒教でもって、人間が本性として持つ倫理の回復を目指し、教育によってそれが向上させられる可能性を信じた。国や共同体において倫理が分かち合われることを目指し、「孝」「仁」などを目的に尊んで、「礼」という手段でもって秩序が保たれるべきだと考えた。言い換えれば、このことで人間の好戦の発揮でもある戦争が減ることを期待したともいえる。

加えて、孔子は現実的でもあり国家間においては利害衝突から戦争が起こるのを理解しており、戦争の危機に直面しては、『詩経』『書経』や故事来歴の知識を活かした外交努力を重んじている。そうした実務に長けた孔子の弟子たちが活躍している姿が、司馬遷の『史記』などにも記されている。ところで、孔子自体は戦争や軍事について何を語っているのか。


孔子の戦争観は現実的

『論語』に「軍旅の事は、未だ之を学ばざるなり」(衛霊公篇)とあるように、軍事については積極的には語らないのが儒家の本来の態度だとしている。その一方で「子の慎む所は、斎・戦・疾なり」(述而篇)とも言い、戦争には真剣な気持ちで向き合うものであって、「教えざる民を以て戦うは、是れ之を棄つと謂う」(子路篇)などとも言い、まともな国家というものは軍備を整えることを怠らず、軍事訓練を十分に施さない中で戦争に国民を動員するようなことはあってはならないとした。

戦争がどのように行われるべきかといった部分ついて、兵法家であった孫子などは現実と合理性に基づいた兵法を説き、一度戦争が起きてしまえば軍事的合理性に従い、時に非情な手段も可として短期戦で問題の解決を図ろうとする。しかしながら、孔子は軍備や訓練の必要性を説くが、具体的な兵法となる作戦や戦闘のあり方を語らない。儒家が口出しする領域ではないとの線引きを守ったようにも思える。


儒家の事情の変化

こうした事情も後になると変わって来る。別の回でも触れたように戦国時代、漢王朝の時代になっていく過程で、孔子が創始した儒教も権力の側に立つことに腐心していく中で「経学」(権力からみても自らの「正統性」を保つために必要で都合の良い学問)となった。魯国の歴史の切り取りに過ぎなかった『春秋』がいつしか「春秋経」・「春秋学」となり、『春秋』を解釈する3つの代表的な解釈書が生み出され、それぞれ『公羊伝』『穀梁伝』『左氏伝』と呼ばれた。この「経学」の時代になると、儒家の立場・政治の立場から軍事のあり方の細部について論じて批評をするような部分が出てくる。有名なのは、無用の情けを意味する「宋襄の仁」のエピソードである。

紀元前638年、宋の襄公と楚の成王が泓水(おうすい)で衝突した戦いで、襄公が率いる宋軍が先に泓水に着いて展開をしていると、後に成王が率いる楚軍がやってきて渡河作戦を目前で開始した。襄公の側近は楚軍の全てが渡り終えて展開してしまう前に、一気呵成に攻勢に出てしまうことを助言するも、襄公は君子たるものは人の困難につけ入るようなことはするべきではないとして受け入れなかった。宋軍は楚軍が渡河を終えて陣形を整え終えたのを見計らってようやく攻勢に出るも結局敗北し、襄公自身も負傷することになった。そして2年後、襄公はこの傷が元で亡くなってもいる。


「宋襄の仁」を笑い飛ばせるのか

なお、『左氏伝』は、生死をかけた戦場において礼法を死守した態度を批判しているが、『公羊伝』はこれとは反対に戦場においてすら生死を越えて礼法を遵守したことを評価している。ようするに『左氏伝』では戦争(戦闘)では兵法を重んじるべきとし、『公羊伝』では兵法よりも礼法を重んじているともいえる。儒家の立場、政治の立場での軍事について評論し見解が割れることになった。ところで、現代からみてこの問題は、とっくの昔の遠い問題といいきれるのだろうか。

「礼法」を「国際法」に置き換えてみて、宋襄の仁の戦場を、もっと広域にして戦闘の様相をもう少し現代的に複雑にして捉えなおしてみると、どこか遠い物事ではなくなってくる。「祖国の存亡に関わる戦争において、区々たる作戦でも国際法の完全遵守には成功しましたが、戦争全体には敗北してしまいました」という理屈になったら、これをどのように考えるべきなのだろう。なお、司馬遷の『史記』では、敗れた襄公の宰相を務めていた子魚が直言した内容を次のように記録している。「戦争するからには、勝つことが功績のすべてです。平常時の法則をお説きになられても何にもなりません。わが君のお言葉のとおりにしておりましたら、奴隷として敵に仕えるようになるのみです。戦争なんかする必要もありません」(『史記』宋微子世家)


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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