ITを駆使するだけがインテリジェンスではない【孫子・第8回】
【前回までのあらすじ】
大学の後輩であるY君に請われ、『孫子』についてレクチャーをすることになった「私」。商社での仕事に『孫子』のエッセンスを活かしたいというY君に、『孫子』の情報論をレクチャーする。
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「孫子の情報論について、日本からみた北朝鮮情勢を例に考えてみよう。相手のラインナップ、つまり北緯38度線沿いに、北朝鮮軍が軍隊のほとんどを張り付けていること、どんな装備でどんなことをする能力があるかなどは、日本やアメリカなどが衛星を通じて集めたデータや生情報を一生懸命に分析している。でも、かの国のトップの心理まではわからないし、たとえば本当のところ戦争を仕掛ける気があるのかどうか、何を考えているかなどはわからない」
「そうですね。それがわかれば外交当局も楽でしょうけど・・・」
「孫子の時代も今の時代も、国レベルでは互いにスパイを送り込んで、トップの近くにまで潜入させるとか、側近などから情報をとることを試みるのは普通のこと。そして、人間を介してもたらされるこうした情報を人的情報・ヒューミントと呼ぶけども、本当にセンスティブな情報はヒューミントを介することになるから、これを大切にしなさい、ということになる」
「つまりは孫子のこの言葉――『故に、三軍の事は、間より親しきはなく、賞は間より厚きはなく、事は間より密なるはなし』――は、いまも生きているということなのですね」
「その通りだね。さらにいえば、先ほどスパイという言葉にあまりこだわらずに、情報をもたらしてくれるスタッフもふくめて考えたほうが良いといったね」
「ええ」
「組織のトップでも、国のトップでも、その機微にかかわる生情報が潜入していたスパイからもたらされても、情報が分析されないままではインテリジェンスとはいえない。人間というアナログなものが絡む以上、デジタルな分析だけでは十分なものにならない。そこで専門的な知見をもった人間を活用することになる」
「専門的な知見?つまりは学者や研究者、リサーチャーのような専門家のことでしょうか」
「そうだね。必ずしも職位や肩書にこだわらなくてもよいけどね。たとえば、閉鎖的な軍事国家の独裁者の心理や意思は、もちろんある程度デジタルに分析できるだろうけども、独裁者が抱える孤独なもの、そこから派生してくる行動などは、歴史や古典にもたくさんの示唆があるのだよ」
「古今東西に共通するものがあるということですね」
「その通りだね。それこそ孫子が取り上げられている『史記』には、そうした権力者や独裁者の心理や行動にまつわる深い含蓄がふくまれている。こうしたものを読み込んでいる人間をスタッフとして側におき、もたらされたヒューミントを分析させてみる。そうすると一つのインテリジェンスができてくるということだね。なにもITを駆使するだけがインテリジェンスではないんだ」
(第9回につづく)
※この対談はフィクションです。
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筆者:西田陽一
1976年生まれ。(株)陽雄代表取締役社長。作家。「御宙塾」代表。
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