温故知新~今も昔も変わりなく~【書評・第45回】 エドマンド・バーク『フランス革命についての省察』(中央公論社,1969年)

私が中学生の頃「ぼくらの七日間戦争」なる映画があった。当時は好きでVHSで何度も繰り返し見た記憶がある。ただ、いま仮に見直しても懐かしいとは思うだろうが好きにはなれないだろう。この映画の主題歌は「SEVEN DAYS WAR」(TM NETWORK)だった。歌い出しが「`Revolution` ノートに書き留めた言葉  明日をさえぎる壁  乗り越えてゆくこと・・」で始まるもので、当時好きでよく聴いていた。


さて、「Revolution」 すなわち、「革命」・・・この単語が現代の日本では一般的に通用するのはトランプでやる「大富豪」の革命、あとは世界史の一コマ「フランス革命」くらいではないだろうか。学校で世界史を履修した人は必ずフランス革命を習うだろうが、教師がどのように教えているかまでは寡聞にして知らない。このフランス革命勃発当時、これを極めて批判的にとらえて「反フランス革命」の立場を明らかにしたのはイギリスの政治家エドマンド・バーク(1729~97)だった。今日では保守主義といった考え方の元祖というのが一般的な位置づけだ。


保守主義とは何であるかなどと議論しだすと意見百出しておさまりがつかないだろうが、とりあえず便宜的に何かを守ることを自覚的に意識するもので、そこには「伝統」や「権威」といった歴史のなかで培われてきたものなどを含み、それが社会の営みには大切なことであるとする思想とでもしておきたい。


当時の英国にあってアイルランド出身のバークが政治家になるのは相当の努力を要したが下院議員には36歳で当選した。ただ、政権の一員として要職についたのはわずかな間で、あとは長らく野党生活を強いられた。それでも、頭脳明晰だったバークは「野党の理論家」としての声望を集めていくことになった。この人が著した作品に「フランス革命についての省察」がある。斜め読みでも一読すると面白い。バークはフランス革命についてはじめの方でこう言及する。


「わたくしにはまるで自分がフランスの事態だけでなく、全ヨーロッパの、おそらくヨーロッパをこえた事態の、危機のなかにあるようにおもわれます。あらゆる情況を考えあわせると、フランス革命は、これまで世界でおこったもっとも驚愕すべき事件です。もっともおどろくべきものごとは、おおくのばあい、もっとも背理的なばかげた手段によって、もっともばかげたやりかたで、そして、あきらかにもっとも軽蔑すべき道具によって、もたらされます。この浮薄と残忍の、そして、あらゆる種類のおろかさと混合したあらゆる種類の罪悪の、この奇妙な混沌のなかでは、すべてのものごとが本性から逸脱しているようにみえます・・」(「フランス革命についての省察」水田洋訳・中央公論社)


この著作はある一青年から来た手紙に対する返信から始まる。バークがこれを書いたのは1789年7月14日にパリのバスティーユ監獄を民衆が襲ってからまだ1年も経っていないときだった。したがって、ルイ16世もマリーアントワネットもまだ処刑されておらず無論共和制も成立していない。当然、後に出現してくるジャコバン派による恐怖政治やナポレオンによる独裁などもまだ表れてない。それでもバークはつよくフランス革命に対して反対の旗幟を鮮明にした。この著作は当時大きな反響を呼ぶことになり、革命に反対する人の理論的基盤を提供する一方で、革命を支持する人からはつよい反感を招くことになった。バークがこの革命に反対した理由の一つは、それまでの過去のつながりをすべて断絶し否定して、それまで歴史のなかで培われてきたあらゆる制度や土台をひっくり返し、そして全てを新しく始めるといった考え方に対してであった。


「だが、あなたがたは、まだいちども市民社会を形成したことがないかのように、また、すべてをあたらしくはじめなければならないかのように、行動することをえらんだ。あなたがたは、自分たちに属するすべてのものを軽蔑することからはじめたために、はじめがわるかった・・もっとふるい祖先の系統から自分たちの主張をひきだすべきであった。それらの祖先にたいする、敬虔な愛好のもとで、あなたがたの想像力は、かれらのなかに、現今の野卑な習慣をこえた徳と知恵の水準をみとめたであろう・・自分たちの祖先を尊敬することによって、あなたがたは、自分たちを尊敬することを、まなんだであろう」(同書)


民衆が立ち上がったフランス革命に反対したが、だからといってバークは王制を無条件で支持したわけではない。バーク自身は王が常に無謬の存在で間違いを犯さないなどとはまったく思っていなかった。ただ一方で民衆については政治の大局的な判断を半分くらいはその理性を信じることが出来る程度とも考えた。そして両者とも不完全であるから、イギリスのように国王と議会(特に下院・庶民院)、その議会に代表者を送り出す民衆がうまく調和してバランスのとれた権力の均衡を求めそのなかで漸進していくほかないと考えた(ただ、民衆の選択で国王を輩出するなどは認めなかった。国王の地位は王国の歩みと伝統そして慣習法によってこそのものであるとし、その時代の民意などといったものだけに任せることは良しとしなかった)。なお、バークは保守といった考え方は、決して何かを絶対に変えてはならないといったものではないし、それは結果的には大切なものを保守することはできなくなるとしている。バーク自身はこう言っている。


「なにか変更のための手段をもたない国家は、それを保存する手段をもたないのである。そういう手段がなければ、国家は、国家構造のうちで、それがもっとも敬虔に保持しようとねがう、その部分を、うしなう危険さえもおかすかもしれない」(同書)


ここまでバークの紹介をしておいてだが、多分、この本は今の時代あまり読まれていないだろうことは薄々わかっている。「世論」が常に正しくそれに従うのが民主主義という単純な理解が強くなるほどにこの作品は本棚の隅に追いやられていくだろう。ところで、日本はフランス革命のような過去の積み上げ(歴史)を明確に否定して断絶し、新たなスタート切ったという如き歴史を有しているのだろうか。ある人はYESを言うだろう。そしてある人はNOを言うだろう。余談だが冒頭に引用した「Revolution」の歌い出しで始まる「SEVEN DAYS WAR」の歌詞の続きはサビの前で「・・すべてを壊すのではなく なにかを探したいだけ すべてに背くのではなく 自分で選びたいだけ・・」となる。少なくともこの「Revolution」はバークが評するところのフランス革命如きは想定していないのだろう。


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筆者:西田陽一

1976年、北海道生まれ。(株)陽雄代表取締役・戦略コンサルタント・作家。

株式会社 陽雄

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